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 キミの虜【4】

 


 

「・・ちょっと、冗談キツかったかな?」


久保ちゃんはそう言って突然俺の体から離れた。それがあまりにも呆気なくて、温もった毛布を剥がれたかのような不快感があって。俺はそんな自分の心情をどう表したらいいのか分からず、

・・・・結局何も言えなかった。







いつも触れそうで触れない唇が、初めて触れたのは、二人きりの屋上でのことだった。初めはくすぐりあうように、ふざけあうかのように。

真っ赤になった時任の顔を見て「あれ?初めてで緊張しちゃった?」と久保田が笑う。それが挑発だってことにも気づかずに、「上等だ!」とムキになって仕返ししたのが、全てのはじまり。

それでも、それはいつものように遊びの一つで、ふざけあいのはずだった。

ところが、二人きりの部屋で交わされるキスはマズイくらい、どんどん深いものに変わっていって・・。


あの日も、啄むようなキスから徐々に激しいキスに変わっていた。息をつく間もないほどに奥まで貪り合い、頭の芯がしびれて真っ白になって、体の中からゾクゾクと快感が沸き上がる。

これまでにない感覚に、体の中心がズクリと熱を持った。


・・これって、おふざけじゃ済まないレベルだよな・・


時任は思考もままならないまま、ぼんやりとそう思った。頭のどこかでストップをかけながらも、気づけば床に押し倒され、シャツの裾から久保田の角張った手が這い上がってくる。久保田の熱っぽい目と目があった時には、ビクリと体が震えた。


――――コワイ・・。


初めての快感と求められる熱に、時任の瞳は戸惑いに揺れる。

こういう事は普通男女がするものだと少なからず認識していた。松本や橘のような例外があったとしても、自分は別に男が好きなわけじゃないし、もしするんなら女の子の方がよかったのにとさえ思っていた。


・・・俺はただ、相手が久保ちゃんだから・・。


熱いキスに翻弄されながら、その心地よさに驚くが、それは相手がほかの誰でもなく、久保田だからだと気づく。


そっか。俺、久保ちゃんのこと・・・、


――じゃあ久保ちゃんは?と考えて、時任は、はた、と気づいた。

久保ちゃんはいったいどういうつもりで、こんなことしてるんだろう、と。

はじめにキスをしてきたのも久保田で、こうして欲情に濡れた瞳で時任を組み敷いているのも久保田だ。

けれど久保田はいつも何も言わないし、何も聞かない。

ただいつも熱っぽい瞳で時任を求めるだけだった。


キスの合間に真上から見つめられて、時任の鼓動が速まる。

久保田の気持ちが知りたいと思いながら、確かめることもできず、久保田の触れる熱さに目眩がした。

もっと、触れたい、と思った。

もっと久保田の近くに行きたい、と。

自分の気持ちがすでに体中を支配し、時任は久保田の真剣でまっすぐな熱い瞳に吸い寄せられるように、久保田の背に手を回していた。


・・・けれど。


「・・・冗談、キツかったかな?」


そんな言葉が降りてきたと同時に、体に乗っていた重石が突然取れて、時任は驚いて目を開けた。

自分だけを見ていた瞳は、窓の外へと離れていて・・・。     


「・・久保ちゃん、・・なんで・・?」


突然突き放された気がして、唖然としながらこぼした言葉に、久保田はフっと微笑んだ。


「・・さぁ?」

「・・・・・!」


こういう行為に及んだ理由を聞きたかったのか、それとも突然自分を突き放した理由を聞きたかったのか、自分でもよく分からなかった。久保田の答えがどちらだったのかも。

けれど沸き上がる感情は胸をえぐるような苦しさだった。そんな胸の痛みが無性に情けなくて、時任はそれを怒りにすり替えて、久保田にぶつけていた。


「なんだよそれっ!意味分かんねぇし!」

「・・・・分からなくて、いいよ」

「―――!!」


・・・分かってねぇのは、お前の方だ!!


頭に血が上って、それからはロクに会話もしていない。気まずくて家に帰らなくとも、久保田の様子は変わらなかった。



・・もしかして俺は飽きられたんだろうか。久保ちゃんだって俺より女の方がいいだろうし、すんでのところでムリだって我に返ったってことか?

もしそうだとしたら、突然突き放された俺は、先にも進めず、友達にも戻れず、どうしたらいいんだよ・・・?


一人だけ知らぬところに取り残されたような、空しさと胸をえぐるような息苦しさ。
時任は為すすべなく、久保田から目を逸らした。





保健室から部室に戻る道で、時任は足をとめて窓の外に目をやっていた。思い浮かぶのは、久保田の熱い瞳と突き放すような冷たい瞳。

いくら悩んだって仕方がないとわかっていた。室田や五十嵐の言うように一度ちゃんと向き合わうべきなのだろうと。

けれどそれが、とても怖かった。

久保田への気持ちに気づいてしまった今では、拒絶でもされようものなら、すべてを失ってしまうかもしれないという不安がつきまとう。

それが時任の足を踏みとどめていたのだ。




「――君。どうかしたのか、そんなところで」


突然、背後からかけられた聞き覚えのある声に、振り返りその人物を確かめた時任は、すぐに後ずさりしたい気持ちになった。そんな様子に相手の男はわずかに目を開いた後、ニッと笑みを見せる。


「時任君か。久しぶりだな。・・どうした?怪我をしたのか?」

「・・べつに。どうってことねぇよ」


袖から覗いた包帯を見て尋ねてきた男に対し、少しふてくされたように答えたのは、相手が時任が苦手とする生徒会本部の人間、それもトップである松本生徒会長だったからだ。何度となく生徒会の足としてこき使われた経験から、自然と苦手な部類に入ってしまった相手だった。


「珍しいな。君が一人でこんなところで、たそがれているとは、傷が痛むのか、それとも別の理由かな?」

「・・・・・別に」


いつもは久保田を介して話す相手とあって、こうばったり会ってしまっても何を話していいのか分からない。その上、いつも余裕の笑みを浮かべて、何か算段を企てているのではないかというような顔で見られるのは、げんなりとする。

そんな相手に気を使うのも癪とばかりに、早々に立ち去ろうとした時任より一瞬早く、松本が思い出したように口を開いた。


「ああ、そうだ。執行部に渡す資料があったのだ。ちょうどよかった時任君。本部まで一緒に取りに来てくれないか?」


げ。と一瞬顔をしかめた時任だが、すぐに考えるように俯いた。

まっすぐに部室に戻るのがイヤでこうして立ち止まってしまっていた自分。久保田とまともに顔を合わせられないことが辛かった。そして自分と距離がある間も、相変わらず藤原は久保田の周りにまとわりついていて、それを止めることもできない自分が苛立たしかったのだ。

俯く様子に松本は「何か用事があるのなら、無理にとは言わないが」と付け加えたが、時任は首を横にふった。


「・・用事なんて別にねぇし、行くよ」


生徒会本部の補佐の役目もあるという執行部、それに属していながら時任は今日初めて自らその役目を受け入れたのだった。・・不純な動機ではあるが。


総受け・・今回は・・会長?? 続きますv

 

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