キミの虜【6】

 


 

冷たい目とはこういう目の事を言うんだろうと、時任は背筋を震わせた。
何やっているのかと、問いかけた表情は、時任にとってあまりにも久保田らしからぬ、冷やかなもので。


「久保ちゃんっ・・、ち、違っ・・!」


無理矢理とはいえ、久保田にこんなところを見られた。駆け寄りたいと思いつつ、その目に臆したように足が動かない。


「珍しいですね、久保田君。そんなに慌ててどうしたんですか?いいところを邪魔されても困りますよ」


橘が変わらず穏やかな口調で久保田を見据えると、久保田よりも先に時任がキッと橘を睨みつけた。


「た、橘っ!おまえふざけんなっ!!」

「おや、つれませんね、時任君。さっきまではとても可愛らしく僕に応えてくれていたのに・・」

「っ――!だ、誰がだよっ!!これ以上ふざけたこと言ったら、ぶっ殺す!!」


掴みかからんばかりの剣幕で時任が吠えると、久保田の低い声が静かに割り込んだ。


「それは邪魔して悪かったね。けど、お宅の会長サマがわざわざ俺に知らせに来てくれたから、俺は時任を迎えにきただけ。」

「・・・会長が?」


橘の顔が一瞬曇る。久保田は握りしめていた右手をポケットにいれて、続けた。


「そ。忙しいところわざわざね。よっぽどお宅と時任を二人きりにさせたくなかったんでない?」

「・・・・・」

「さすがにお見通しってわけね、橘副会長。悪いことはできないねぇ」


無表情に考え込んだ橘に、久保田は口端だけに笑みを作った。するとそれにつられたように橘も笑みを張り付ける。


「ふふ・・。言い訳はしませんが、時任君があまりにも魅力的なもので、つい手が出てしまいました。・・けれど久保田君、貴方が悪いのでしょう?こんなに彼を悩ませて。・・・もし、貴方が手を出さないなら、僕が喜んでいただきますよ」


時任が再び橘に牙を剥こうとする前に、久保田は瞬間、射抜くような眼で橘を見据えた。


「悪いけど、アンタには渡せないわ」

「・・・・!」


一瞬の視線はすぐに逸らされたが、背筋を凍らせるには十分すぎるほどの、底冷えするような深い眼光だった。


「そゆことで。連れて帰るから、お後はよろしく」


時任の腕を取り、久保田は笑みを失った橘に淡々とした言葉を残して背を向けた。


久保田が去った後、一人立ち尽くしていた橘は細く長い息を吐く。久保田の瞳が予想以上に気を張らせていたのだと気づいて、苦笑した。『後はよろしく』とは、この大きく亀裂の入ってしまった厚い扉のことなのか。・・・それとも。

人のモノに手を出した報いは甘んじて受けろと、そういうことなのか・・。


普段なら時任の事を可愛い人だと思うことはあっても、その隣にいる人物や恋人のことを思えば、自ら危険な橋を渡ろうとは思わなかった。しかし、今日はなぜか、勝手に手が伸びていて。

冷静になった今では、その自分の行動に理解できない衝動があったことに気づく。

橘はそう考えながら、自然と笑みをこぼしていた。

「・・・さて。会長にどう言い訳しましょうか・・」









グイグイと時任の手首を引っ張るようにして、久保田は無言のまま廊下を歩いていた。痛みに顔をしかめる時任に構わず、途中ひとけのない教室で立ち止まると、強引に時任を連れこんだ。

強い力で壁に押さえつけられ、時任は不安げな瞳で久保田を見上げる。


「っ・・、く、久保ちゃん・・」

「――時任、橘とナニしてた?」


ようやく発した言葉は冷たく、低い声が久保田の怒りの深さを窺わせる。時任は目を大きくして言った。


「っ・・!お、俺は、ほんとに橘なんかとはっ・・!」


必死に言葉をつむぐ唇は、橘とのキスの名残りだろうか、赤く濡れそぼち、久保田の胸をさらに不快にさせた。


「・・・お前、誰でもいいわけ?」

「!!」


ボソリと耳元で囁かれた言葉に、ぐっと息をのむ。胸がわし掴みされるかのように、苦しく痛んだ。それを堪えるように、ぎゅっと服の前を押さえて、時任は真っ直ぐに久保田を睨みつけた。


「久保ちゃん・・・。本気で言ってんの?」

「・・・・・・・」


もちろん本気なはずがないと、信じていながらも。

久保田は胸に染み渡る深い嫉妬からか、何も言葉にできずにいた。時任がここ数日どれだけ悩んで、自分のことを考えていたのか。分かっていながらも、胸の底からじわりと這いあがる、黒い黒い感情が支配する。

時任は捕まれていた手首を強引に振り払うと、そのまま久保田の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「ふざけんなよ!お前っ、こんだけ毎日一緒にいて、分かんねぇのかよっ。俺は、お前にしか、お前にしか触れたくなんかねぇのにっ・・・・・」


言葉を萎ませて、くしゃりと顔を歪ませて。
時任は泣きそうになるのを堪えるかのように、ぐっと歯を食いしばると、ドンと久保田を突き飛ばし、そのまま教室を飛び出した。




「・・・・・・はぁ。・・ホント、最低ね・・俺って。」


バタバタと走り去る音を聞きながら、ぽそりと呟くように言った言葉には、怒りはなく・・。

自分のあまりの狭量さに呆れたような響きがあるものだった。


これまで触れそうで触れなかった唇が、触れたくてしょうがなくて、行動を起こしてしまってから。久保田は二人の関係がほんの少し空気を変えたことをいいことに、度々時任にキスを求めてきた。

これまでのただの相方から、一歩進んだ関係。

はじめは満足していた。

いつも明るく無邪気な時任が、潤んだ瞳でキスを受け入れる姿を、自分だけが知っていて。

それだけで満足だったはずなのに、いつの間にか、どんどんそれじゃもの足らなくなっていて。

もっと触れたい、抱きたいと強く思ってしまっていた。


一度触れたら、何があっても止められそうにないのに・・・。


時任が関わるすべてのものに嫉妬し、その笑顔も、心も体も独占したいと考えてしまう。

抱いてしまえば、もっと欲求は深まり、それこそ時任をヒドくがんじがらめにしてしまうかもしれない。

もっともっと求めて、溺れて、時任を自分のもとに封じ込めてしまうかもしれない。

誰の目にも触れないように・・、自分だけを見てくれるように・・。

いつでもまっすぐな時任の、意志をも裏切って。
まるで、囚われた鳥のように。


それが怖くて仕方なかった。


時任が自分から少し距離をとりはじめたことで、久保田も自分の気持ちを抑えるかのようにそれに合わせはじめた。

しかしいくら知らぬふりをしても、何をしていても、考えるのは時任のことばかり。時任のいなかった数日、一睡もできずにいた。

どんなに距離をおいても、自分の身体は時任なしでは正常に機能しないのだ。


・・・お前がいても睡眠不足だけど、お前がいない恐怖で眠れないよりは、ずっとよかった。


離れていても頭に浮かぶのは時任のくるくると変わる様々な表情。ずっと二人で暮らしていた部屋は、一人でいても時任の存在が色濃く感じられた。
時任の匂い、肌のぬくもり、真っ直ぐな瞳、それらが自分の記憶にくっきりと刻み込まれていて。

すぐにでもそれを自分の目で確かめたくて、触れたくて、
・・・恋しくてたまらなかった。


時任を縛り付けてしまう自分が憎くてたまらないけれど、己を戒める力よりも遥かに時任を求める想いが勝ってしまう。いっそ誰かが自分をがんじがらめにしてくれたらいいのに、と自嘲的な思考がよぎるが、それでも結果は見えていた。

自分を繋ぎ止めるすべてを千切って排除して、恐らくどんな手段を使ってでも再びあの手を取るのだろう、と。

それは至極簡単で、単純で、そして何よりも強い想い。


俺はお前を、失いたくない―――。




まるでスイッチが入ったかのように、久保田は走り出していた。


そして総受けラストは久保ちゃんですねv 次回完結です^^

 

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