「縁結びの岩ぁ?なんだそれ」
荒磯高等学校から遠く離れた地で、時任は素っ頓狂な声を上げた。
昼間に観光地を廻った時は暖かい日差しのある秋晴れであったが、日が落ちると寒暖の差も激しく学ランの下にパーカーをさしていても少し肌寒い。
見知らぬ繁華街を歩く時任の手には”福岡食べ歩きガイドブック”。時任はちらちらとガイドブックを確認しながら眉をしかめて隣の相方を見上げた。
「うーん、こっちでは有名な縁結びの神社みたいよ。なんでも御利益のある岩が2つあって、片方の岩から逆サイドの岩まで目を閉じて歩いて、まっすぐたどり着ければ意中の人と永遠に結ばれるとかないとか。」
「へーえ。そういや昨日他の組の子に呼び出し受けてたな。そこに誘われたってか?」
「まぁねぇ。お断りしたけど、乙女心だよねぇ〜」
のほほんと言ってのける久保田は知らぬ土地で自粛しているのかくわえ煙草こそしてはいないが、その手には”近代麻雀”の雑誌。その親父アイテムのせいか制服を着ていても高校生には到底見えない。
久保田曰く「読書の秋だから」らしいが、時任は「それが読書なら年中読書の秋じゃねぇか」と不満気に口をとがらせていた。
「なーにが乙女心だ。修学旅行にまで近麻持ってくるか、ふつう。・・せっかく二人でうまいもんでも食べにいこうって抜け出してきたのにさ・・・」
「ん?なにぶつぶつ言ってんの、時任」
「べっつに!あ、久保ちゃんあったぞ、あそこだ”大砲ラーメン”。博多といえばやっぱ、とんこつラーメンだろ!」
「はいはい。時任は食欲の秋だもんねぇ」
荒磯高等学校3年生は今、4泊5日で九州へ修学旅行に来ている。今日は観光地を軽く巡った後宿舎へ直行だったのだが、執行部はここでも秩序を守るため腕章を付け、ホテルを抜け出して夜の街を徘徊しようとする生徒たちを取り締まっていたのだった。
なのになぜ2人で繁華街に来ているかというと・・、
「ハラ減った。ラーメン食べたい」と言い出した時任に付き合って久保田は時任と2人、執行部の司令塔である桂木の目を盗んで抜け出してきたのだ。
そうしてガイドブックを手にようやくお目当ての人気ラーメン店を見つけたというわけだった。
「早くいこうぜ、くぼちゃん」
心はやる時任の後からのんびりと後を追う久保田。そのときだった。久保田がちょうど道の角を通りがかろうとすると、突然女性が飛び出してきた。
「・・・あ」
「きゃっ!」
久保田はひょろりと細身であっても頑丈なのか、よろめきもせず、ぬぼーっと立ち尽くしていたのだが、相手は華奢な女性だったせいか、ぶつかった反動で思いきり尻餅をついてしまっていた。
「あのー、大丈夫ですか?」
手をさしのべる久保田に、女性はぶつけた腰をさすりながら恥ずかしそうに笑った。
「いたた・・、いえ、大丈夫です。ごめんなさい、前を見てなかったもので・・・」
女性は久保田の手を借りて立ち上がり、礼を言おうと初めて学制服の少年の顔を見上げたのだが、そこでぎょっと驚いたように目を大きくした。
「・・・・あなた・・もしかして・・」
「・・?」
「久保田君・・?ねぇ、そうでしょう!?」
女性は目を輝かせて久保田の顔を見上げた。その様子にどうやら知り合いだったらしいと、久保田は首を傾げた。
「えーと・・、どこかでお会いしましたっけ?」
その女性は整ったきれいな顔立ちであるが、ジーンズにジャケットを羽織っただけのラフな格好で、好感の持てる柔らかい笑顔の女性だった。
サバサバした感じはどこか執行部の紅一点を思い出させた。
「やっぱりそうだわ。覚えてないかな?ほら前によく貴方のバイト先に顔出してた・・」
バイト先というキーワードに覚えがあったらしく、久保田はわずかに目を開いた。
「―――ああ、”あねさん”って呼ばれてた・・・」
そういいかけてから、久保田は女性が前に会った時とは随分印象が違うことに気づいた。
バイト先の雀荘でよく見かけていた時とは、確かホステスのような派手な外見だったのだが、昔よりもほっそりと痩せ、なによりも随分落ち着いた感じだった。
サラサラの真っ直ぐな黒髪は胸下まで長く、年の頃はおそらく20代後半くらいだろうが、それよりもいくらか若く見える。
女性は少々気まずそうに苦笑いした。
「よしてよ、今はただのOLなんだから。ルミ子でいいわ。あれから彼とは縁を切ってね、九州に逃げ出してきたってわけ。―――それであなたはなにをしてるの?」
「なにって・・、修学旅行」
「修学?・・って、やだ、あなた制服じゃない!ってほんとに学生だったの!?」
「まぁ、一応」
「ふふ、あのころから学生には見えなかったけど、学ランも似合うわね」
「そいつはどーも」
ぽりぽりと頭を掻いて話に応じる久保田の手に持つ雑誌に、ルミ子はふと目線をやった。
制服には似合わない雑誌が、妙に目についてもおかしくはない。
「まだ、麻雀してるのね」
「まぁ、バイトだからね」
「〜〜くぼちゃん!なにしてんだよ」
そこに聞きなれた声が割り込んだ。
先を歩いていた時任がいつまでも動かない久保田にしびれを切らして戻ってきたのだ。
「お友達?足止めして悪かったわね」
ルミ子は申し訳なさそうに、ぶすくれた時任に微笑む。
「それじゃあ」
久保田はこれ以上時任の機嫌を損なわせないようにと、早々にその場を別れようとしたのだが、
「――久保田君!」
ルミ子がふいに呼び止めた。
振り返った久保田に駆け寄ると、久保田の手を取り両手で握手をするように握りしめる。
「?」
「・・あのね・・」
手を握りしめたまま、何かを言いかけたルミ子だったが、
「くーぼーちゃんっ!」
時任が再び不機嫌な声で久保田を呼ぶと、ルミ子は話もそこそこに軽く手をあげて去っていったのだった。
知らぬ女と珍しく親しげに話す久保田に、時任は不機嫌に口をとがらせた。
「知り合いかよ?今のキレーなお姉さん」
「うん、ちょっとね。さ、ラーメン食べにいこうか」
(〜〜ちょっとってなんだよ)
「あ、ちょっと待てよ、くぼちゃん!」
久保田はそれ以上ルミ子の話はしなかった。時任は気になったものの自分からそれ以上聞く気にもなれずイライラと不機嫌だったのだが、念願の美味しいラーメンをすする頃にはどうやら機嫌も治ったようだった。
人間おなかが空くと余計にイライラするものなのだ。
「うー、食いすぎた」
「そりゃそうでしょ。夕食後だってのに、おかわりするから」
「だってさ、替え玉って安いし、つい・・」
「あら。うちの家計気にしてくれるの?」
「そりゃまーな。俺様もそのくらいは」
ホテルへの帰り道、ゲーセンでも寄ってくかと話していた二人だったが、
「久保田君!時任!あんたたち、やっと見つけたわよ!」
「あ、やべ」
「見つかっちゃった」
今にも湯気を漂わせそうなほど怒りに燃えた桂木が姿を現せば、これ以上は無理だった。
桂木に絞られ、その日はおとなしくホテルに戻った2人だった。
久保田と時任は同じ部屋だった。生徒はそれぞれ2人部屋なのだから、相方である2人が同室なのは当然といえば当然である。
しかし時任にとっては幸か不幸か、修学旅行で腰が立たない状況に追い込まれることだけは避けたかったのだった。
扉の外で聞いていれば桂木でなくとも頭を抱えたくなるやりとりが行われていた。
「ちょっ、くぼちゃん!」
「なに?」
「なに、じゃないだろ!隣の部屋に室田たちがいるんだぞ!絶対だめっ!!」
「え――、聞こえないっしょ」
「そういう問題じゃねぇんだよっ、いっつもシテんだから数日くらい我慢しろよ!」
その夜、さっそくちょっかいをかける久保田の誘いを強固に断り、防戦に勝利した時任だった。