その夜のことだった。
時任は珍しく夜半に目を覚ました。
「・・あれ、・・くぼちゃん?」
隣のベッドはもぬけの殻だった。タバコを吸いに行ってるのだろうと思ったが、どこにも見あたらない。
「あいつ、どこ行ったんだ?」
煙草が切れて買いにでも行ってるんだろう、と時任が心配しながらもベッドに再び潜り込む。
久保田が戻るまでは起きていようと思いながらも、いつのまに眠っていたのか、時任が再び目を開けるともう朝方だった。
久保田の姿を確認しようと寝ぼけ眼で起きあがろうとすると、後ろからにゅっと伸びてきた手にひっぱられ再びベッドに沈み込んだ。
「わっ・・!く、くぼちゃん?」
「ん――、おはよ時任」
「なんで一緒に寝てんだよ!」
久保田は時任のベッドで寝ていたらしく、まだあかない目のまま(いつもと同じ糸目であるが)時任を後ろから羽交い締めにして抱きついている。
肌寒い早朝に温かな人肌は嫌なものではないが、時任は必死にもがいていた。
こういうときの久保田が強引なことを知っている。
なんせ2日も断っているのだ。
「くーるーし〜っての!はなせ〜!」
「ちょっとだけ〜」
「なにがちょっとだ!」
じたばたしている時任の抵抗をものともせず、後ろからのばした右手は既にシャツの裾から侵入し、わき腹を撫で、同時に首筋に温かな吐息を感じると時任はびくりと体を強張らせた。
「ひゃっ・・!」
久保田はくすりと微笑むと、左手を短パンの中へするりと滑り込ませる。
「くっくぼちゃん、やめっ・・・」
「お前感じやすいねぇ。もうこんなだよ」
「お、お前がさわるからっ・・」
「やっぱりガマンはよくないよね」
寝起きの体に刺激は強すぎたらしく、時任の体は既に火照っていた。
反応を見せた時任自身を後ろから握り込み擦り上げると、時任は声を殺しながら体を震わせた。
「っああっ・・!やめっ・・・」
「やめてもいいけど・・」
胸元をぎゅっと摘みながら、時任の感じやすい耳元に舌を入れる。
「ひあっ――!」
そして、誘うように耳元で囁いた。
「このままじゃ、つらいんじゃない?」
「〜〜〜〜っ!お前っ・・!」
時任は頬を紅潮させ潤んだ瞳で睨みつけていたが、とうとう観念したのか、ぎゅっと久保田の首に腕を回して顔を赤くした。
「・・責任とれよっ」
「――了解」
久保田が嬉々として時任を組み敷いたのは言うまでもなかった。
「朝飯はいいや、もう一眠りしときまーす」という久保田を部屋に置いて、時任は食堂へと向かった。
若干だるい腰をさすりながらも空腹には勝てない。
「おーす」
遅い組だったせいか人口密度の低い食堂で、室田と松原を見つけて声をかけた。
「お、時任、なんか疲れてないか?」
「そりゃ朝っぱらからくぼちゃんが・・い、いやなんでもねぇよ!ちょっと寝付けなくてさ」
思わず顔を赤くした時任だったが、室田は気づいた様子もなく「そういえば、」と思い出したように言った。
「ああ、久保田も昨夜は出かけてたな。久保田も寝付けなかったというわけか」
「え?くぼちゃんが?」
時任がきょとんとしていると食後のお茶をすすっていた松原が口を開いた。
「ええ、昨夜実は抜け出した2組のやつらを取り締まるために先生に起こされましてね。繁華街の方までいったんですよね、室田」
「そうだ。それで久保田を見たんだよ。時任も一緒だったのか?」
「いや、俺は・・」
「いや久保田は女の人と一緒でしたよね」
松原の言葉に時任はぴくりと動きを止めた。
「――は?女といた?」
すると今度は室田が相槌を打って答えた。
「そうだったな。うちの生徒とかじゃなく、年上らしき綺麗な人だったな。しかし久保田はいつ帰ってきたんだ?」
「いつって・・、しらねぇよ」
(あいつ、朝帰りだったってのか?――女と?・・まさかな・・。)
(だって今朝はかなり元気だったし・・)と思考を続けながら時任は次第に苛立ちはじめていた。
(でも、なんなんだよ。どっか行くなら行くでなんで俺に一言もナシなんだよ。・・やっぱ、やましいことでもあったってのか?)
思わぬ久保田の逢い引き情報に、時任は朝食の味もよくわからないまま、修学旅行二日目を迎えたのだった。
本日二日目は市内巡りだった。それぞれの班に分かれガイドの説明を聞きながら博物館を見て廻り、福岡タワーへと上る。
そこで班の輪を離れ一人、コイン式の双眼鏡を覗いていた久保田に、同じ班である桂木が声をかけた。
「ねぇ、久保田君。・・何かあった?」
「ん――、・・海と山とビルかな」
「なにが見えるって聞いてんじゃないのよ。――時任と何かあったって言ってるの!」
桂木の呆れたような声に、んー?と考えたあと振り返って答えた。
「なにって?なんも」
「そう?ならいいけど。今日は久保田君あくびばっかりだし、時任はあんな調子だし・・」
桂木の視線をたどって時任を見れば、展望台から一人ぼーっと外を眺めている姿があった。
「昨日までは元気だったじゃない。あんたたちが見ず知らずの地で有害物質をまき散らすのを何度阻止したことか。今日は一度もコレの出番がないことが逆に心配なのよ」
桂木はそう言って左手にしっくりなじんだハリセンを見る。
「大変だねぇ、桂木ちゃんは」
「あんたたちのせいで暇しないことは確かだわ。でも、なんでもないんだったら、余計な心配かけないでよね」
「・・ハイ」
久保田は肩をすくめて答えて、ちらりと時任を見やった。その横顔はじっと景色を見つめながら何かを考え込んでいる様子だった。
久保田は桂木にひらひらと手を振ると時任のもとへと足を向けた。
「時任、どうかした?」
「・・くぼちゃん」
禁煙場所のためか、手持ちぶさたにしている右手を時任の肩をくむように近づくと、時任はじっと久保田の細い目を見つめた。
(おや・・?)
その様子にわずかに久保田は目を開いた。こうして公衆の面前でくっつくといつも恥じらいを見せる時任なのだが、今日は様子が少し違う。
「・・・・?」
「くぼちゃん、あのさ、俺になんか言うことねぇか?」
「言うこと?・・・特にないと思うけど」
至近距離で見つめられながら、久保田はあっさりと答えた。
「――そっか。・・俺、先にバス戻ってる」
時任は少し眉を寄せると久保田の腕からするりとすり抜けた。
「時任?」
久保田の声を背で聞きながら、時任は答えることなくその場を後にしたのだった。