君と二人で【3】

 


(・・怒ってるなぁ・・・)

久保田は暗い部屋で仰向けになったまま、天井を見つめていた。隣のベッドからは時任の寝息が聞こえる。

昼間時任と話したのを最後に、2人は目を合わせてすらいなかった。明らかに怒っている時任は、目に見えて久保田を避けていた。

どうやら昼間に返した答えがまずかったらしいと久保田は小さく息を吐いた。

ちらりと隣の寝顔を盗み見て起きあがりベッドサイドの眼鏡をとる。そうして時計を確認するとそのまま音を立てないようにそっと部屋を出た。

時間は深夜1時。見回りをする先生方の目をかいくぐり久保田は街に出た。さすがに制服で深夜徘徊はできないと、ジーンズに薄手のジャケットを羽織っているが、セッタに火をつけ、慣れた様子で繁華街を歩く久保田はどうみても未成年には見えなかった。

「うーん、なんて答えるべきだったかな・・」

時任の真っ直ぐな瞳を思い出して、久保田はゆっくりと煙を吐き出しながらそう呟いたのだった。

 

―――パタン。

扉を閉める小さな音を確認して、時任は飛び起きた。そして眠たい目をこすりながら時計を見て、苦々しい声を上げた。

「〜あいつ、いったいこんな時間にどこ行くってんだぁ?」

昼間久保田にそっけなく言われた言葉に、時任はぐっと言葉を詰まらせ、それ以上はなにも聞けなかった。

『言うこと?・・・特にないと思うけど』

言外に”お前には関係ない”と言われた気がした。こうなっては聞いてしまった自分すら腹立たしい。

そしていつもそうだと思った。久保田はいつも肝心なことを話してくれない。

怒りと寂しさが募って、時任は久保田を見ることもできなかった。

(くぼちゃんを信じてないわけじゃないけど、このままじゃダメだ・・)

ジャージのまま上着を羽織っただけの格好で、時任は部屋を飛び出した。なんとかホテルを抜け出したところで久保田の背中を見つけてほっと安堵する。

そしてキッと久保田の後ろ姿を見つめて言った。

「尾行、開始だ」

そう、このために時任は寝たフリをしていたのだ。途中危うく本当に寝かけていたが、久保田が出ていく気配でハッと目が覚めた。それもこれも久保田の行動を探るためだった。昨夜抜け出したというのなら、もしかしたら今夜も・・。という時任の勘だったのだが、見事予感は的中した。そして予定通りこうして久保田の後を追っていたのだった。

「なんでこんな知らねぇ街、歩き慣れてんだ?」

電柱の陰から覗きながら、時任は眉を寄せた。

久保田は知らないはずの街を迷うことなくスタスタと歩いている。煙草を手に歩く後ろ姿はどうみても高校生のものじゃない。すれ違う化粧の厚い女性が数人久保田を振り返っているのを見て、時任は徐々に苛立ち始めていた。

「ったく、こんな夜中にフラフラ出歩きやがって!いったい何しに行くってんだっ」

足早な背中を見失わないようにと後をついていった時任だったが、裏路地へ曲がったところで、あわてて走り出した。

(ヤベ、見失ったか!?)

入り込んだ裏路地のせいで余計に足取りも危うくなる。迷路のように走りながら左右を見回していた時任だったが、

「久保田君!」

(!)

女性の久保田を呼ぶ声が、時任を振り返らさせた。

その声のする方へと足を向けた先に、久保田はいた。

時任はその姿を確認して、咄嗟に物陰へと隠れていた。

久保田を呼んだ女性が久保田に駆け寄っていくのが見えたのだ。

(あの人・・・、あの時の・・)

時任にも見覚えのあった女性は、昨日、街で会った久保田の知り合いらしい女性だった。

(確か、OLやってるとかいう、ルミ子って女だっけ・・)

2人の会話をしっかりと聞いていた時任は、ルミ子の名前まできちんと覚えていた。笑顔の感じのいい女性だと思った。

(昨夜、あの女と会ってた・・?)

時任の鼓動が早くなる。

「よかった、今日も来てくれたのね」

喜びに輝くルミ子の顔に、時任の予感が合っていたことが分かる。ぐっと拳を握りしめて、久保田の様子を伺った。

(マジかよ、くぼちゃん・・?)

久保田はルミ子の隣で、煙草をふかしながら話を聞いているようだった。

「もちろん、当然でしょ?約束だからね」

(――――!)

口元に笑みを浮かべて言う穏やかな台詞は、確かにその女に向けられたものだった。

「な・・、んだよ、それ・・・・」

信じられないと言った顔で目を開いたまま、小さく呟いた言葉は、久保田に聞こえるはずもなかった。

 

 

 

「ん・・?」

「どうかしたの?久保田君」

2人は肩を並べて歩き出したが、ふいに足を止めて振り返った久保田にルミ子は首を傾げた。

(気のせいか、今、時任がいたような気がするんだけど・・)

「いや・・・」

そんなわけないか、と『夜に弱いうちの猫』を思い浮かべて久保田は微笑んだ。こんな夜中に起きているはずがないのだ。一人目を細める久保田に、ルミ子は微笑して言った。

「やっぱり変わったわね久保田君。なんていうか、あなた柔らかくなったわ」

「そう?」

「ええ。いつも影がある人だと思ってたけど・・・、昨日あなたに再会して驚いたわ。誰が貴方を変えたのかしらね」

いたずらっぽく笑うルミ子に久保田は答えることなく「さあ」と肩をすくめてみせた。

「ルミ子さんも随分変わったと思うけど?」

「ええ、そうね。後悔はしてないけれど、昔のツケって怖いものよね。でも――。あなたに再会できて本当によかったわ。運命だと思ったの」

「大げさだねぇ。まぁ、俺としてはなんでもいいけど」

「ふふ。さ、行きましょう。朝方には戻らないといけないでしょ?」

「寝不足なんだよねぇ・・」

久保田はそう言いながらも嫌がる風でもなく、建物の中へと入っていく。

時任は2人が姿を消すと同時にその場から走り出していた。

帰り道は覚えていないがやみくもに走って、気づけばホテルの目の前にとたどり着いていた。

「はぁ、はぁ、はぁっ・・、」

整わない息で苦しげに唸ると、ぎゅっと唇を噛みしめたのだった。

「・・あんのヤロー・・」

 


「スパイ」っていう音楽が頭に響きました;^^

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