「何か食べる?遠慮しなくていいのよ、私のおごりだから」
ルミ子はそう言うと、いたずらっぽい顔で笑った。
時任はルミ子に声をかけられ、なにを言う暇もなく強引に近くのカフェに誘われたのだった。
ニコニコと愛想良い笑顔を浮かべるルミ子とは対照的に、時任はムッスリとして顔を背けている。
「・・話ってなんだよ」
「ごめんなさいね、久保田君をお借りして。せっかくの修学旅行なのに、申し訳なくって。」
時任のつっけんどんな言い方を気にした様子もなく、それも心底申し訳なさそうに頭を下げてくるのだから、時任は顔をしかめるしかない。
「・・べつに、俺に謝られても・・」
「あら。だって、あなたが久保田君の大事なヒトでしょう?」
目を丸くしてルミ子が言うと、時任はぐっと言葉を詰まらせた。
「べ、べつに俺は。そんなの・・わかんねぇし・・」
「そう?私にはすぐわかったわよ。あなたといる久保田君の表情を見れば、すぐに分かる。見たこともないイイ顔だったわ」
にっこりと笑うとルミ子は少し幼く見える。その顔は作りモノなどではなく、本当にそう思っているのだろうと思えるような笑顔だった。
時任は目を大きくすると、初めて警戒を解いたように目を合わせて尋ねた。
「・・あんた、くぼちゃんとはどういう関係だ?」
直球な質問にもルミ子は嫌な顔せず答えた。
「私ね、久保田君によく代打ちを依頼してた”ヤクザのオンナ”だったの。何度かそのときに久保田君と会ったことがあったの。そのときは私、人には言えない仕事も彼から任されてて・・。今はその彼とは別れて、ここに逃げてきてるんだけどね。」
「ふーん・・」
「実は久保田君とは挨拶ぐらいしか会話したことなくてね、今回、再会して初めて色々話したぐらいなの。それもこんなふうに助けてもらうことになるとは思いもしなかったわ」
「?・・助けるって久保ちゃんが?」
時任が目を丸くして尋ねると、ルミ子は少し寂しげに微笑んだ。
「ええ。実はね、この街で新しい彼氏がいるんだけど、その人がまたギャンブル大好きでね。それも下手の横好きってやつね。気づけばここらのシマの組の人に、多額の借金をしてて・・。このままだと彼は組の連中に引き込まれて、無理な仕事をさせられる。私は前の街ですべてを捨てて、足を洗ってここに逃げてきた女だから、それがどんなことなのかよく分かっているわ。彼を使い捨てのチンピラにさせたくなかったなかった。・・・だから私が、久保田君を雇ったの。代打ちをしてほしい、借金を取り返してきてほしいって。多額の賭け麻雀でね。」
「それって・、すげぇ大きな賭けだったんじゃ・・?」
「ええ。だから私も簡単には頼めなかったんだけど・・、彼の実力は知っていたし・・。――あのとき、久保田君と再会して、彼がまだ麻雀やってるって知って、咄嗟に彼にお願いしようと思ったわ。なかなか言いだせることじゃあなかったから、あのとき、久保田君に無理やり連絡先を渡したの。久保田君はバイト代弾むならいいって二つ返事で受けてくれて・・。それもたった2日間で仕事を終わらせてくれたわ」
再会した日の別れ際、ルミ子が久保田の手を取って物言いたげな顔をしていたことを思い返して時任は納得した。恐らくあのときに連絡先を渡されて、久保田は時任には内緒でホテルを抜け出したのだ。
「・・・くぼちゃん、また危ねぇことしてたのかよ」
時任は呆れたように言った。どうやらルミ子との2晩に渡る逢い引き疑惑は代打ちという危険なバイトだったらしい。危険が大きければその分だけ報酬は大きいが、そうなると久保田は時任に話そうとしなかった。心配させたくないと思っているのか・・・、時任はそう考えて、大きくため息を吐いた。
その様子をルミ子はどう受け取ったのか、再び時任に頭を下げた。
「無理な依頼をして貴重な時間を本当にごめんなさい。おかげで彼は助かったわ。すべて久保田君のおかげよ。せっかく逃げてきたのに危うくまた裏の世界に足をつっこむところだった。――ううん、きっと私のせいね。汚い世界に足をつけてたくせに逃げ出して、キレイな身でいたいなんて甘かったんだわ。きっとこれは昔のツケ、天罰だったのかもしれないわ。」
そう言って苦笑いを浮かべたルミ子に、時任はきょとんとして口を出した。
「あのさ、あんた、別に逃げてきたわけじゃねぇだろ」
「え・・・?」
「さっきから逃げてきたって、それがヒキョーみたいに言うけどさ、ちゃんと足洗って、出直すためにここにいるんだろ?だったら逃げてねぇよ。ちゃんと前見て歩いてる。あんたの男を助けたかったのもそうだろ?」
「・・・・」
「だから・・、たぶん、そんなあんただから、くぼちゃんも手を貸す気になったんだろ。だから・・、久保ちゃんが決めてやったことなんだから、俺に謝らなくていいよ」
澄んだ瞳だと、ルミ子は思った。
まっすぐに伝わる少年の言葉が胸に響いて、なぜか温かい気持ちを感じた。
「・・そうね、逃げてきたって負い目はあったけど、確かに今は違うわね。彼も、これに懲りてもうギャンブルはしないって約束してくれたしね。
・・ありがとう。あなたイイ子ね。・・久保田君があなたを大事にしている気持ちが分かった気がするわ」
「・・どうせならイイ男って言えよ」
照れたようにそっぽ向く時任に、ルミ子は楽しそうに笑った。
カフェの窓ガラスから街並みを見れば、空は白みはじめ、人通りも少なくなりつつある。そろそろ戻らないといけないだろう。
「時任君。あのね、久保田君、あなたと行きたいところがあるから、早く終わらせるんだって、無理なやり方してたわ」
「行きたいところ・・?」
「ええ、それがどこなのかは聞かなかったけど」
ルミ子の言葉に、時任は思い当たることがあったのか、少し考えるように黙った。
(くぼちゃんが行きたいところ・・・)
「・・・あのさ、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど・・」
時任がそう頼みを言うと、
「ええ、おやすいご用よ」
ルミ子はとびきりの笑顔で答えたのだった。
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「えーっ!時任がいなくなったぁ!?」
「桂木ちゃん、シー。先生に聞こえる」
「だって、いつから?どうしてよ!?」
「分からないんだよねー、たぶん昨夜から・・かな?」
あれからすぐ久保田はホテルを出て街を探し回ったが、どこにも時任は見あたらず、一度ホテルに戻っていた。
もうすぐ集合時間のため、桂木に説明するためだ。
また探しに出るという久保田に、桂木は訝しげに眉を寄せた。
「分からないって、一緒の部屋じゃない。・・もしかして、昨夜一緒にいなかったの?」
「うん、まぁ」
「――ったく、昨日から様子がおかしいとは思ってたけど、いったいどうなってんのよ?時任の行きそうなところ、心当たりあるの?」
「うーん、それが全く・・。だから他にもいろいろ当たってみようと・・」
「わかったわ!あと1泊なんだから今日中に見つけるのよ!先生にはうまく言っとくわ」
「よろしくお願いしマス」
久保田が小さく笑みを見せて背を向けると、桂木は思いだしたように呼び止めた。
「久保田君!――『縁結びの岩』って知ってる?時任、その岩がどこにあるのか私に聞いてきたわ。私も知らなかったから教えてあげられなかったけど」
「・・桂木ちゃん、ありがとね」
軽く片手をあげて走り出した久保田に、桂木は大きく息を吐いた。
(めずらしく余裕ないんだから・・)
「久保田君には言うなって口止めされてたけど、まぁしょうがないわよね」
小さく苦笑いした桂木だった。