「なんなんだよ、あいつ、やっぱ危ないヤツだったんじゃねぇかっ!?」
危ない雰囲気のお兄さんから逃げ出してやみくもに走った結果、時任は道に迷っていた。そのうえ地図も見当たらない。
「くそー、やっぱ知らねぇヤツについてくもんじゃねぇな。えっとあいつ確か”執行部”って言ってたっけ?・・次に会った奴に聞くしかねぇか」
時任はそう言いながら、通りかかった薄暗い無人の教室に、人影が見えた気がしてそのドアを開けた。
「なんだここ?・・っつーか、けむっ!」
「・・あ?誰だおまえ」
煙の正体はタバコだったらしく、タバコをふかしていた張本人は突然の訪問者を不機嫌に見上げた。
そこは科学準備室。授業に使われることはなく、滅多にそこを訪れる者はいない。授業をフケて集まる不良以外は・・。
真っ白い煙が充満してはいたが、そこにいたのは一人の男子生徒だった。見つからないようにか、窓も開けていない。
「げほげほ、煙いっつーの、タバコ吸うならカンキぐらいしろよ!」
時任はむせながら座り込んだ男に文句を言うが、思い切り吸い込んでしまったせいか、せき込んで目尻に涙を浮かべた。
「んあ?なんだとコラ!ガキがっ!てめぇどこのもんっ・・・」
男は不躾な侵入者に向かって立ち上がり相手の胸ぐらを掴もうと近づくが、間近で少年の顔を見たとたん、ハタとその動きを止めた。
「ガキじゃねぇっ!人に名前聞くなら自分から名乗れよ。てめぇこそ誰だよ?」
男は自分よりも頭一つ小さな相手に、いつもなら殴りかかっているだろうな暴言を許しながら、じっと相手の顔を見つめていた。いや、目が離せずにいた。
その瞬間、男にとって初めてだともいえる衝撃の思考が頭を占めていたのだ。
(・・・か、か、か、かわいいーーー!?)
無遠慮に自分を見上げた相手の瞳が胸をどきりとさせる。大きな黒い瞳は涙を帯びてキラキラと光り、すっきり通った鼻に、形のよい唇はわずかにピンクに艶めいている。確かに胸が高鳴るほどの美形だった。
(な、な、なんだ、俺、男相手に何考えてんだぁ!!?)
そう。美形は美形でも間違いなく少年である。
男は自分の胸の高鳴りを信じられないといったように目を開き、さきほどの勢いもどこへやら慌てふためいた。
「い、いや、だからそのっ・・お前、名前は?」
「だからてめぇから名乗れって」
「あ、ああ。悪い。俺は2年の大塚だ」
「俺は時任」
あっさりと謝る大塚が潔い人間に映ったのか、時任は警戒を解いて人なつっこい笑顔を向けた。
「いきなりで悪いけどさ、聞いていいか?大塚」
「っー!あ、ああ、何だ?」
教えてもらった時任の名を心中で連呼したのもつかの間、突然自分の名を呼ばれ、大塚はどきりと胸を躍らせた。
(な、なんで俺こんなにこいつにドキドキしてんだ!?)
「実はおれ、道に迷っちゃってさ。教えてくんね?」
学校で迷子になったのが恥ずかしいのか、うっすらと頬を染めた時任を見た大塚の心中はすさまじかった。
(こ、こ、こいつっ、俺を見て赤くなったーー!?まさか俺のこと意識してんのかっ!!
やべぇ!こいつ可愛いすぎ・・、いやまて、待てよ、こ、こいつは男だぞ!俺にそんな趣味はねぇ!!(・・はず))
「じゃ、じゃあ連れてってやるよ!」
冷静を保てず、思いの外うきうきと答えた大塚に時任は目を輝かせた。
「さんきゅ!大塚っていいヤツだなっ」
「!!!」
(・・男でもいいや)
満面の笑みを間近で見た大塚の不幸である。
「と、時任、それでどこに行きたいんだ?」
「えっと、執行部っていう部屋らしいんだけど」
「げっ!執行部だぁ!?な、なんでそんなところにっ」
大塚にとって、執行部は悪因縁の固まりである。
いつもなら自分から近寄ることはしないが、大塚は渋々時任を案内してやることにした。
(授業中だし、まだあいつらはいねーはず)
そもそも隠れてタバコを吸わなければならないのは執行部の存在があったからだ。自称荒磯一の不良グループの頭である大塚は、いつか執行部の奴らに一泡吹かせてやろうともくろんでいた。
「で、そんなところに何しにいくんだよ?」
悪因縁の巣窟へと足を向けながら、大塚が時任に聞くと、時任は口を尖らせて言った。
「待ってるヤツがいてさ、そいつがそこで待てっていうんだよ」
(執行部の奴らの知り合いってのか?いやしかし時任はここの生徒じゃないっつーし)
「その待ってる奴って?」
「えーと・・背が高くて、目が細くて、ちょいタレ目のヤツなんだけど」
「・・ちょっと待てよ、お、おいまさかそいつ・・久保田・・」
「久保ちゃんのこと知ってんのか?」
「やっぱりかぁ!!おまえ久保田のヤローとどういう関係なんだよっ!?」
大塚の心中は穏やかではない。目の前の可愛い人の口から出た名前は、よりによって大塚にとって一番会いたくない人物だったからだ。
「どーゆーって・・・。それは・・」
――関係ってこいつに話していいのか?っつーか出会いから含めるとかなり長くなるぞ。そもそも俺らの関係ってなんだってんだろう?
一緒に暮らしてて、久保ちゃんが俺の面倒見てくれて・・、トモダチ・・、っつーにはなんか違う気ぃする。
じゃあ家族・・?
いや、違うな。
ただ、・・・俺にとって久保ちゃんはすげぇ必要で・・、すげぇ大事なやつ・・。
〜って!!んなこと人に言えっかよっ!
(なんだよその間はぁ!今一瞬赤くならなかったか?!おいおいおいおい・・まさか・・)
そうしてたっぷり間をあけてからの
「ど、同居人だよっ。今日は久保ちゃんに呼ばれて仕方なく来てやったの!」
という答えに、大塚はさらに青くなった。
(ど、ど、ど、同棲!!?)←そうは言っていない
「お前、何で久保田なんかとど、同棲なんて・・」
息巻く大塚の背後からだった。
「俺が時任を拾ったんだよね」
「拾ったって・・え?」
第三者の声に、大塚がぴしりと凍り付き、時任はぱっと顔を輝かせた。
「久保ちゃん!」
まだ終業のチャイムも鳴らない静かな廊下にヌボーッと立っていたのは、制服を着ても到底高校生には見えない久保田だった。
「く、く、久保田っ!」
突然の男の背後からの出現に大塚は後ずさるが、時任はそれに気づきもせず久保田に駆け寄った。
「久保ちゃん!よかった!地図なくしちまって、迷ってたんだ」
「あらら、早めに来て正解ね・・んで、なんで大塚君が一緒にいるのかな?」
ちらりと大塚を見ると大塚は冷や汗を流しながら青ざめる。
「執行部まで案内してもらってたんだよな!さんきゅな、大塚」
時任が笑顔でそう言うと大塚が照れたように顔を赤らめた。
青くなったり赤くなったり大忙しである。
「へーえ、普段は執行部に近寄りもしない大塚クンがわざわざ案内に、ねぇ?」
「な、なんだよ久保田っ!俺は別に何もしてねーぞっ!」
「そうねぇ。それはそれは、うちの子が迷惑かけましたね」
「う、うちの子・・」
「そ。俺らの関係が知りたいんでしょ?俺が拾って以来、一緒に暮らしてる仲、とでも言っておこっか。トイレとお風呂以外はいつも一緒だしね?」
「ばか!久保ちゃん変な言い方すんな!」
「だって本当じゃない」
(トイレとお風呂以外って・・・、べ、ベッドは!!?こ、こいつら、そーゆー関係だったのかっ!!く、くそーっ、久保田めっ!いつもいつも俺の邪魔をするだけでなく、俺の見つけた可愛い子ちゃんさえ手をつけてたなんて!!)
「〜く、久保田っ!!お前だけは許さねぇ!覚えてろよっ!!」
この負け犬の捨て台詞さえなければ、もっと善良な生徒に見えるのに、と思った久保田である。
「おい、大塚〜っ?なんだあいつ、変なヤツだな。今泣いてなかったか?」
「そうねぇ。時任のせいじゃない?」
「なんだよそれ」
「無意識も罪だよね〜」
全くである。
「それで時任、地図無くしちゃったって、どうしてこの部屋が執行部だって分かった?」
「ああ、途中で会った奴が教えてくれたから。怪しいヤツだったから、とっとと逃げたけど」
「ふーん、怪しいヤツ、ねぇ」
ぼんやり空に視線をやる久保田の頭の中で、一番に思い浮かんだ怪しい人物が実はビンゴだったりする。