「――はい、そこまで」
「!!」
そんな声に、二人はハッと目を開く。
同時に振り返った為、時任は異常に近い距離には気づかなかったようだ。ただ耳に届いた慣れ親しんだ声に、ぱっと表情を明るくした。
「――久保ちゃん!どこ行ってたんだよっ!」
「・・く、久保田」
嬉しそうに走り寄る時任の後ろ姿を見ながら、工藤はドキドキと鼓動が鳴るのを感じていた。
(なんで、俺・・・)
なにをしようとしていたのか、なんて考えずとも分かる。久保田が現れなければ確実にキスしていた。
「久保ちゃんがいねぇから、こっちは大変だったんだぞ!」
「ふ―ん?」
久保田がちらりとこちらを見やり、ドクリと心臓が鳴る。
(・・・見られたっ・・!)
間違いなく久保田に見られていた。だからこそ久保田はストップをかけたのだと気づく。
無意識な行動とはいえ、よりによって一番知られたくない相手に見られた上、止められるなんて。
工藤はそう考えて青くなった。
けれど久保田は表情を変えずに工藤を一瞥すると、何を責めるでもなく、いつものようにのんびりとした声をあげた。
「工藤ちゃんにお客さん」
「え・・?」
思いがけず再びきょとんと目を丸くしていると、久保田の背後から小さな頭がひょっこり顔を出した。
長い黒髪に、華奢な女性。キラキラと自分を見つめる瞳。
「―――あ。アンタ、ファンクラブの・・」
彼女には見覚えがあった。可愛らしい容姿であることと、工藤がブレイクする前から応援してくれていた、顔見知りのファンだった。
「わぁ覚えていてくれたんですかぁ?」
「もちろん。・・でどうしたの、こんなところで」
嬉しそうに頬を染める彼女は、いわゆる追っかけというやつで、地方公演にも足を運んでくれるほどの熱狂ぶりだった。女性ファンの前では職業病とも言うべきアイドルスマイルを自然と浮かべながら尋ねる。
「実は私・・、―――あっ!!」
「え?」
「ん?」
すると突然、彼女は目を大きくして、工藤の背後を凝視した。
工藤と時任がその視線を追えば、そこには先ほど工藤に襲いかかった男が転がっていて。
彼女は男に気づいて驚き顔を青くさせていたのだ。
「く、久保田さん・・、もしかしてあの人が・・?」
「ん―、そうみたいね」
「・・・・」
工藤も時任もどうにも話についていけない。
どうやら彼女と犯人が何か繋がりがあるようだった。
彼女は一つ息を吐くと、再び工藤に向きなおり、今度は深く頭を下げた。
「ハルキ君、ごめんなさいっ!まさかとは思ったけど、まさかその人が犯人だったなんてっ」
「え?・・どういうこと?」
工藤は慌てて彼女の顔を上げさせる。彼女は涙を浮かべて唇を噛んでいた。
代わりにと、久保田が口を出す。
「彼女はずっと工藤ちゃんの居場所に気づいていたみたいね。ここ1週間、マンションの周りうろちょろしてたみたいだし」
「えっ?」
「ごめんなさいっ、マネ―ジャ―さんの後つけて・・それでそこにいるって分かって・・行方不明だなんてニュ―スで言ってたから心配になって私・・」
彼女の言うには、行方不明である工藤の行方が気になっていて、何かあったんじゃないかと、マネ―ジャ―が足しげく通うマンションを張っていたとのこと。
そして今日、遊園地に向かう工藤を見かけ無事だったと喜んで後をつけてきたのだと言う。
久保田は工藤が来た頃から、すぐに彼女の存在に気づき、その目的を確かめるために今日は一人で行動していた。
彼女がただのファンだと分かると、一連の脅迫事件について事情を説明したのだった。
工藤はそれにも驚きながら、彼女に尋ねた。
「それで、その男と君の関係は?」
「それは――」
「・・あ、お目覚めみたいね」
久保田の一声に、皆一斉に男を振り返った。
「う・・、痛ぇ・・」
あ、縛る前だったと時任は呟きながらさりげなく工藤を庇う。工藤は男の動きに一瞬びくりとしながらも、時任の行動に胸を熱くして。
久保田はそんな光景を表情一つ変えずに見つめる。
そんな異様な空気の中、打った頭を痛そうにさする男に、彼女の鋭い声が響いた。
「リュウヤっ!!」
「・・・ゆ、百合子!?」
「何やってるのよあなたっ!ハルキ君に襲いかかったって本当なのっ!?」
「う・・・、そ、それは・・」
「なんてことしたのよ!最低!」
ずかずかと男に近寄り怒鳴る彼女に、一同は呆気にとられた。
男は工藤に襲いかかっていた勢いが嘘のように、彼女の前で小さく縮こまっていく。
「なぁくぼちゃん、どゆこと?」
「うん、なんていうか、痴情のもつれ?」
「はあ?」
時任の問いに、久保田は事情をすべて把握しているらしく的確な答えを口にする。
どうやらこの脅迫事件の真相に、男女のそれがあるらしかった。