「まぁ、工藤ちゃんに彼女盗られた腹いせみたいね」
「――はぁ!?工藤、お前そんなことしたのかよっ?」
「し、してねーよっ!!」
これに驚いたのは工藤だ。彼女を盗ったということは、どうやらこの二人は恋人同士だったようだ。
それにも驚きだが、腹いせを受けるような真似、工藤には見に覚えもない。
ではどういうことか。もしや男の勘違いで襲われたのか。そんなことで殺されそうになったとなれば冗談ではない。
けれどそれよりも、今の工藤はそんな誤解を受けたくない人がいるらしい。
俺は違う!と、時任に向かって必死に首を振る工藤に、助け船を出したのは彼女だった。
「そうよ!私は浮気なんてしてないわっ」
「で、でもお前、いつも工藤ハルキのことばかりで、たまの休みも会いに行ってるじゃないか、俺のことはいつもほっといて・・」
「あれは地方のライブに追っかけしてるだけよ!私はいちファンであって、それ以上を求めたりしないわ。それに・・私にはリュウヤという彼氏がいるし」
「ゆ、百合子・・」
どうやら不本意な疑惑は晴れたようだと見守っていた工藤。だが、ことの成り行きを見て、次第にその目が胡乱げなものへと変わっていく。
「――確かに工藤君は大好きだけど、ただの憧れだわ。恋人はあなただけなのに」
「百合子っ!そ、そうとは知らず俺はっ・・」
仕舞にはひしっと抱きしめあった二人に、涙々となるわけもなく。
「あほくさ・・」
「ん―右に同じ」
「っていうかオイ!そんなことで俺殺されそうになったのかよ!」
となるだろう。
彼女の工藤への入れ込みように深く嫉妬した男は、腹いせに今回の脅迫を思いついたらしい。
武道館コンサ―トを中止すればひとまず満足していたのだが、予定通りに行われる上に彼女がどうやら工藤と密会している。ある意味スト―カ―をしている彼女の後をつけて、そう勘違いに至った男。
勝手に怨恨を持った男がナイフを向けたのは、一人遊園地で迷子になって泣きそうになっていた工藤だったというわけだった。
工藤にとっては大迷惑である。
警察に突き出して、被害届けを出してやりたいところなのだ。
―――けれど。
「工藤君、本当にごめんなさい!!・・・で、でもその、あの・・っ」
深く頭を下げて口ごもる彼女に、工藤は大きな溜息とともに苦笑いを浮かべた。
「・・い―よ、もう。警察沙汰にはしねーから」
やはりそれが気になっていたのだろう。彼女はぱぁっと顔を明るくして涙を浮かべた。
「ほ、本当に!?ありがとう!!もうこんなことないから。本当にごめんなさい!ほら、リュウヤも謝って!」
「―――ほっ、本当に申し訳ございませんっ!!」
こうして誤解の解けた男は素直に土下座をして謝罪をし、そんな二人に工藤は意外にも穏やかな顔で円満な解決を選んだのだった。
しかし時任はむすっと顔をしかめていた。
「工藤、いいのかよ?」
「はぁ、まぁな。怪我もねーし、オオゴトにするのもあれだしな」
「けどさ、お前・・」
時任が心配げに工藤を見るのも当然だった。それもそのはず、もう震えは止まっているとはいえ、ナイフを向けられた恐怖というのはなかなか消えるものではない。
時任が助けなければ工藤は怪我を負っていだろうし、下手をすれば命を落としていたかもしれないのだ。何も無ければ大丈夫、ということで良いのだろうかと、時任は納得いかない顔をしていた。
それも、そういう状況に時任は公務で慣れているとはいえ、工藤は違う。これまで周囲に守られてきたアイドルなのだ。
けれど、工藤は意外にも晴々とした表情を浮かべていた。
「大丈夫だ。お前のおかげで俺はこうして無事だし。それに・・こういうことがなきゃ、お前とここにもこれなかったしな」
「そうか?」
少しばかり頬を染めて頭をがりがりと掻く工藤は、何やら吹っ切れたようにも見える。
そんな彼の胸の内を時任が気づくはずもない。
まぁ、この様子なら大丈夫かと満足げに笑みを浮かべる時任を、工藤は頬を緩めて見つめていた。
地面に短くなった煙草を落とし踏みつけた久保田は、それを拾い上げてきちんと携帯用灰皿へしまいながら、誰に向けるでもない言葉を口にする。
「ま、結果オ―ライ?人のモノに手ぇつけちゃダメだって、いいお勉強になったと思えば、ね?」
そんな言葉と意味深な笑みに時任は首をひねり、その隣で工藤はぐっと笑みを崩す。
「・・・・なんだよ」
「ん?別に?」
工藤が一睨みすれば、久保田はいつものように飄々として出口へ足を向けた。
「なんだ久保ちゃん、帰るのか?」
「ん―そろそろね―」
「じゃあ工藤、帰ろうぜ」
「――時任」
「あ?」