私立荒磯高等学校。
その門の前で立ち止まり校舎を眺めて、大きく息を吸った。
今日から俺はこの高校で教育実習に入る。つまり俺は1ヶ月弱という期間限定だけど、”高校教師”になるっつーわけだ。
長年夢だった教師になるという俺の夢。
そのために頑張って大学入って、教育課程をとって・・。
そしてようやくその第一歩を踏み出すことができた俺は、意気軒昂とやる気に満ち溢れていた。
初めての学校に初めての体験。少しも不安がないと言えばうそになるけど、なんといっても”先生”と呼ばれる日をずっと楽しみにしていたんだ。
そりゃ、やる気マンマン、ワクワクだっつーの。
それに、俺くらいの美青年となると、女子高生は放っておかないだろうしな。
『先生、ファーストキスをもらってください』
『きみ、だめだよ。俺は教師なんだから』
『お願い、先生っ』
なーんてかわいい女生徒に言い寄られたりしてなっ〜!
朝のすがすがしい空気の中、俺は妄想の世界にとっぷりだ。
高校生たってあんま年変わんねぇからな。アリっちゃーアリだぞ。運命の女と出会う可能性だってあるわけだ。
そうだな。たとえば、この校門をくぐったところで、美少女と出会い頭にぶつかって・・・。
『きゃっ!』
『悪りぃ!大丈夫か?・・・・あ・・』
『は、はい・・・・せ、先生ステキ・・』
なーんてっっ!ベタベタの出会いがあったりなんかしちゃったりしてっ!
なんて期待に胸を膨らませていた俺だが、校舎の時計を見てはっと我に返ってニヤケ顔を引き締めた。
「やべ、もうこんな時間!」
初日から遅刻なんてカッコ悪ぃと、急いで校門をくぐった時だった。
ドンッ!!
「・・あ」
「うわっ!」
俺は何かにぶつかっておもいきりはじき飛ばされた。
「・いってぇっ・・!」
そのまま地面に腰を打ちつけて苦痛の声をあげる。
よく前も見ず走り出したせいか、誰かとぶつかってしまったらしいけど、相手はなぜか俺ほど衝撃を受けてないらしく立ち尽くしていた。
なんだなんだ!?確かに出会い頭に人にぶつかったけど・・、俺を吹きとばしといてなんともないなんて・・。
先程までの妄想もあって、まさかとは思うが、俺は尻餅をついたままその相手を見上げ・・・、相手が男でしかも教師だったと、あわてて謝った。
「あっ、ワリ、じゃあなくて、すみません!」
「いーえ、こちらこそ」
見上げているせいか、その男はえらく長身で、分厚い眼鏡をかけてはいるがなんというか、かなり男前だった。
まぁ、俺ほどじゃねぇけど、確かにツラはイイ。
その男に手を借りて立ち上がり、土を払っていると男がじっと自分を見ていることに気づいた。
「・・?なんですか?」
「いえ・・。お宅・・」
「あ。そっか、えっと。今日から教育実習でお世話になります、時任です。よろしくお願いします!」
「――ああ、なるほどね。よろしくね、時任君?」
男はそう言ってにっこりと笑った。思わずドキリとするほどの穏やかな笑みに、こいつは強敵だと思った。
こうやって煙草くわえて立っているだけなのに、なんつーか、すげぇ大人の雰囲気がある男だ。
年は俺よりも上か、同じくらいか?
俺もこいつくらい落ち着いた大人の教師になりてぇもんだ。
けどこんな男がいるなら、女生徒の人気を独り占めってのは難しいかもな。
「あ、やばっ」
なんて考えながら再び時間に気づいて、俺は男に名前を聞く間もなく、職員室へと全力疾走したのだった。
そういやあの男、いくら教師だからって校門前で堂々と煙草ふかしちゃいけねぇよな、なんて考えながら。
「体育を受け持ってもらうことになります、時任先生です。2年B組の副担任とバスケット部の副顧問にもついてもらいます」
校長の紹介の言葉を受けて、俺は勢いよく頭を下げた。
「時任です!よろしくお願いしますっ!!」
ぐるりと今日からお世話になる職員室を見まわしてみれば、俺と年の近そうな先生や、学生の頃にいたよーなベテラン教師まで様々だ。挨拶を無事済ませた俺は、ふとあの男の姿がないことに気付いた。
あれ?さっきの長身の男、教師だと思ってたけどもしかして用務員かなんかだったのか?
「時任先生、初日で申し訳ないが、2年B組の担任の橘先生が本日はお休みでね。今日はとりあえず一人でお願いして大丈夫かい?」
「は、はいっ!」
そうだ、それどころじゃなかった。それよりも今は初めて自分が受け持つクラスのことを考えなくちゃならない。
副担任といえども俺は先生なんだからな。
担任の先生が運悪く休みということで、俺は一人で受け持つことになった2年B組へと向かった。
ええっと、HRではまず自己紹介の挨拶と点呼がオレの役目。
第一印象が大事だと、俺はフーッと息を整え、副担任となるクラスの扉を元気よく開けた。
するとクラス全員席についていて、一斉に俺に視線が集まる。
「・・わぁ!若ぁ〜いっっ!」
「かわいい先生〜!」
「先生、何歳ですか〜!」
とたんに女生徒の和気藹々とした声が飛んだ。
好感色の反応に、思わず嬉しくなった。
うん、そうだろそうだろ。さすが俺様。どこにいたって目を引いちゃう美青年だからな〜。
おっと、こうしちゃいられない。まずは自己紹介だな。
「はじめまして。時任だ。教科は体育を・・」
だが、教壇に立った俺が、第一声を格好よくキメようと口を開いたとき、
俺は思わず開いた口を閉じれずに、あんぐりとした。
一番後ろの席に座っている男子生徒と目が合って、絶句したんだ。
「・・・お、おまえ・・・?」
その男は猫背気味で座っているせいか、そこまで背が高くは見えないが、確かに知っている顔で。
今朝、職員室で顔を探したが見あたらなかったあの男。
確かにこの顔で用務員ってことはないだろうが、不審者で校内を徘徊していたというほうが、まだ説得力はあっただろう。
まさか、まさか生徒だったなんてっ!!
「・・生徒だったのか?」
た、確かによく見れば白シャツとズボンは紛れもないココの制服。
だけど、どう見ても俺と同じくらいの年じゃねぇか!
詐欺だ!年齢詐称じゃねぇのか!?という考えが頭の中をぐるぐると回る。
しかもこいつ、生徒のくせに堂々と煙草吸ってやがったのか。
『よろしくね、時任君?』
それも俺が丁寧に挨拶してやったのに、まるで年上の対応してくれやがって!!
生徒を教師だと勘違いしたのは俺だけど、なにやら騙された気がしてフツフツと怒りがこみ上げる。
そりゃそうだろっ。高校2年の生徒を、俺の”なりたい教師像”だと勝手に思ってしまった俺の気持ちはどうなる!
いつまでも俺がそうしてその男子生徒を睨みつけていると、生徒たちがざわざわと騒ぎだした。
「時任先生、久保田君と知り合いなの?」
「久保田〜、お前のこと見てんぞ、あの先生」
すると久保田と呼ばれた男は開いているかいないのか、分からないような細い目で俺を見て笑った。
「ああ、時任クン。お尻大丈夫?痛かったっしょ」
「え、ああ、もう平気・・」
って思わずフツーに答えちまったけど、お尻ってなんだよ。確かにおもいきりぶつけて痛かったけど。問題はそこじゃねぇし!
「俺のせいで、・・ごめんね?先生、華奢だから、もっと丁寧に扱わないとね?」
久保田がそう言った瞬間、女生徒の声色が明らかにこれまでと違った色で発せられた。
「きゃ〜っ、久保田君なにそれ!?」
「先生とどんな関係なのっ!?」
はぁ?なんだなんだ!?なにが起こってるんだ!??
その迫力に思わずたじろぐ。
「久保田君ってばモテるのに彼女いないって、そういうワケだったんだぁ!」
「でもわかる!時任先生ってなんか受けって感じよね〜」
いったいなんなんだ!この異様なもりあがりはっ!!
受けってなんだよ、受けって!?
元男子校から共学になったというこの高校は女子の割合は4割といったところだが、この男子を押し退けての迫力はすさまじい。
「ねぇねぇ、久保田君とどこで知り合ったんですか〜?」
「二人はどんな関係なの?!」
教室に入った時とは明らかに違う好奇に輝く女生徒の視線が痛い。一体なんだってこんなことにっ!?
恐らくいや、確実にコトの元凶であるだろう人物に目をやると、久保田は俺ににっこりと微笑んで言った。
「まぁ、俺の一目惚れ・・、かな?」
はぁ〜〜っ!!!!????
「「「「「「きゃーーーっ!!!」」」」
他のクラスが静かに授業を行う中、女生徒の黄色い悲鳴は廊下の端まで響きわたる。
教育実習第一日目にして、最悪のはじまり。
これが、俺と久保田誠人との出会いだった。