新米教師ビンビン物語【4】

 


 

俺は大学入学と同時に、このワンルームマンションに入居した。家賃はすこし高めだったけど、この部屋が結構気に入ってて、一人暮らしの為に貯めたお金でなんとかやってたりする。

高い家賃もそのうち教職に就けば余裕で暮らしていけるだろうって、そう思ってて。それが密かな俺の夢でもあった。

――――なのに、この男。久保田誠人は、一人でこのマンションの401号室に住んでいるという。


「高校生のくせに、こんないいマンションに一人暮らしなんて、お前さてはボンボンだな?」


俺が白い目でそう聞くと、久保田は軽く首を振った。


「いんや。オレは親もいないし、独り身よ。この部屋の所有権はこないだ手に入れただけ」


――――まったく意味が分からない。

またからかわれてんだ!そうだ、そうに決まってる。




ピンポーン

チャイムを鳴らすと、中から扉を開けた久保田は、くわえていた煙草を手にして微笑みかけた。


「いらっしゃい。どうぞ」


その手慣れた大人すぎる仕草に思わず固まる俺。

学校だろうがどこだろうが構わずに煙草を吸うこいつは、俺が何度注意しても気にもとめていない。そういうわけで無駄な説得はとっくにあきらめていた俺だけど、こんなにも煙草が絵になるコイツが憎らしい。


「お、お邪魔する」


落ち着け、こいつは高校生。俺の生徒なんだ。俺がドギマギする必要がどこにある。


「〜な、なんだこの部屋はぁ!?」


リビングに入った俺は、その部屋の広さを見て驚きの声をあげた。

広っ!!ワンルームなはずなのにっ、ワンルームじゃない!!それどころか、2LDKはあるぞ!!


「時任クンの階はワンルームなんだけど、この階はファミリー向けでね。さ、どうぞ座って」


リビングのソファに腰掛けてあたりを見回すと、ファミリー向けだけあって、やはり一人で住むにはかなり広い。

殺風景な部屋だけど、それなりにテレビやテーブルとかはあって。少なからず生活感はあるようだ。


「お前、いつからココに一人で暮らしてんだよ?」

「んー去年。高校に入ってからすぐ、叔父の家を出たからね」

「そっか。でもまぁ、金持ちなら不自由はしねぇか・・」

「うん?金持ちじゃないって、俺。叔父は公務員だし。」

「え、だって、この家は?」

「うん、まぁ、”勝った”というか。もらったというか」

「・・・・」


まったく、わけわかんねぇ。

どこの世界に、高校生が働いたくらいで”買える”マンションがあるってんだ。


俺の住むこのマンションに久保田も住んでいるのだと聞かされた数時間後、ようやく二日酔いの治った俺は、その真偽を確かめるために、初めて久保田の部屋を訪れていた。

どうやらここに住んでいることは間違いないようだけど、こんな偶然ってあるんだろうか?

俺がこのマンションに住んで4年目、去年から久保田は俺の上の部屋に住んでいた。

そいつと、まさか教育実習で出会うことになるなんて。

久保田の出してくれたコーヒーをすすりながらそんなことを考えていると、ふいに久保田が口をひらいた。


「おなかすいてる?」

「え、あ・・うん。」


とっさにそう答えてしまったのは、起きてから何も食べてなくて、相当腹が減っていたからだけど、久保田が「そう」と笑って台所へ足を向けたのはとても意外だった。

ジャガイモ、タマネギ、慣れた様子で野菜を切り出す。次々と買い物袋から取り出したのを見て、目を丸くした。

ニンジン、肉、・・そしてカレーの箱。

こいつ、今買ってきたのか?

どうやら料理をはじめるらしい。


「手慣れてんだな」

「うん、まぁ、このくらいはね」

「いつも自炊か?」

「ううん。今日だけ」

「ふーん?」


あいかわらず訳の分からない。


「まぁ、できるまでゲームでもしててよ。そこにあるから」


そして訳の分からないまま、久保田は背を向けて料理にかかった。


「・・・」


なんだその子供扱いは。ここ数年ゲームなんてしてねぇよ。

・・・あ、これストUあんじゃん。ちょー久しぶり。

思わず手が伸びて、はじめてみるといつの間にか夢中でゲームに向かっていた。

それからどのくらいたったのか、気づけば部屋中に、カレーのいいにおいがする。


「できたよ」


という声に振り返ると、テーブルの上にはサラダとよそったカレーライス。思わず腹が鳴る。

そうして向かい合うように席について、さっそくいただくことにした。


「すっげぇうめぇ!お前料理上手なんだな!」


カレーなんて久しぶりだけど、ほんとにうまい。ほとんどコンビニ弁当ですましてきた俺にとって、かなりの絶品だ。がつがつかけこんであっというまに空になった皿に、すかさず久保田はおかわりをよそってくれた。


「お、さんきゅ」


再び勢いよく腹につめこみながら、ふと前を見るとゆっくりと同じように口に運びながら、じっとこちらを見つめる瞳と目が合った。


「!」


ドキンと鼓動が鳴った。

ヤツが、・・久保田がものすごい穏やかなカオして、俺をじっと見つめて微笑んでいて・・・。

こいつにこんな目で見られていたのかと、カオが熱くなってくる。


「な、なんだよ・・?」


恥ずかしくて眉を寄せるが、久保田はにっこりと笑った。


「おいしそうに食べてくれるから、嬉しいなと思って」

「う、うまいから仕方ねぇだろ」

「ありがと。・・ねぇ、なんかコレってあれだねぇ?」

「あれ?」

「ラブラブな新婚さん」

「ぶほっ!!」


思わず吐きとばしそうになったのをどうにか我慢して、げほげほとムセる。
まったくコイツはっ、変なことばっか言いやがって!俺は男だっつーのっ!それともなにか?やっぱりこいつはゲイなのか?!

・・・いや、違うじゃん。

涙目で文句を言おうとしていた俺だったが、ふと思い出したのは、昨夜の先生達の話だった。

女絡みで傷害事件を起こしたらしい、という話だ。

つまりあれだろ。一人の女を争って相手にケガを負わせたってことか?


「お、お前さ、中学のとき、なんかやったんだって?」


なんて言い出そうか悩んだあげく、あまりにもストレートに出た言葉に、俺は自分で驚いてヤバイと思った。ぴくりと反応を見せた久保田が顔を上げる。


「・・・なんかって?」


表情は変わらないけど、少し雰囲気が変わった気がして、俺はこれ以上聞いちゃいけないんじゃないかと思いながらも、口が止まらなくて。


「だ・・から、えっと、傷害、事件とか・・」

「ああ、それ。先生達に聞いたんだ。――――それで?」

「――っ!・・いや、悪ぃ、・・・なんもねぇよ」


とっさに謝って目をそらしたのは、これまで見た中で、一番冷たい目を向けられたと感じたからだった。久保田の言いようからすれば、多分こいつも直接先生達に言われたこととかあるのかもしれない。昨夜の噂の仕方からすれば、心ない保坂先生みてぇなやつからヒドイこと言われたり、もしかしたらそれがこいつの知られたくないような、自分の箱にしまっておきたいような過去だったりしたら余計に俺みたいな教育実習生に知られたくなかったとか・・・。

いらないことに口を出したと、一気に後悔した俺は食事を終えると早々に逃げ腰になった。


「ごちそうさま!俺、そろそろ・・」


立ち上がってそう言いかけると、久保田と目が合って・・・、二の句がいえなくなった。

いつもの細目とは全く違う、まっすぐに俺を見つめる久保田の瞳。

強くまっすぐに射抜かれるような瞳にじっと見つめられ、息苦しくなってくる。

硬直したように動けずにいる俺に、久保田は笑みを浮かべて近づき、大きな掌で俺の頬に触れた。


「そんなに俺のこと知りたい?」

「え・・・?」


呆然としている俺の腰を、久保田は抱くようにぐっと引き寄せると、低い声で囁いた。


「だったらさ、教えてあげるから。俺と、つきあってよ」


ドクン――――!

一気に頭が真っ白になって、胸の鼓動が激しく鳴る。急激な血圧に心臓が耐えられないのか、軽いめまいすらする。

ひたすら唖然とする俺の、至近距離にある久保田のカオが、さらに近づいて・・、

・・・唇に吐息が触れた。


「――ヤメっ!」


ドンと突き飛ばしたのは、唇が触れる直前だった。


―――こいつ?!キス、しようとした――??!!

その事実に気づくと、一気にカオが熱くなって、俺はそのまま弾かれたように玄関へ走った。


「・・・また明日ね」


後ろからそんな声が聞こえたけど、俺は振り向くこともできず、玄関を飛び出して階段をかけ降りた。

ドクドクドク、心臓が狂ったように高鳴って、耳まで熱くて・・。真っ白な頭の中にあったのは、アイツの真剣な瞳と、低い声。


『俺と、つきあってよ』

―――たぶん、俺は少しずつ、自分の中にあった変化に気づき始めていた。

 


つづきますv

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