新米教師ビンビン物語【5】
「時任先生、何かあったんですか?」
「えっ!?な、なにかってっ?!」
「いえ、何だか最近お元気がないようですし・・、何か悩み事ですか?」
午後の授業が始まるころ、職員室に残っているのは、授業のなかった俺と数名の先生のみだった。
明日の授業の準備をするべく机に向かっていたが、どうやらぼーっとしていたらしく、慌てて声のした方を見上げると、心配顔の橘先生がいた。橘先生は授業中のはずだったが、書類を取りに戻ってきたようだった。
「い、いいえ・・。何も・・」
俺は首を振って答えながら、つい俯いていた。
・・・何もないわけがなかった。
あのときの、久保田の真剣な瞳が、ずっと脳裏に焼き付いて離れない。
だ、だって、あの時、あいつは俺に・・キ、キスしようとして、そして・・・・。
『俺と、つきあってよ』
そのことを思い出すたびに体中がカーっと熱くなって・・。夜もあんまり眠れなくて、学校であいつの姿を見かけても俺は顔を合わせられなくて、そのたびに逃げるように避けていた。
あいつは今までのようにしつこく目の前に現れたりはしないけれど、気がつけば視線を感じる。はっと辺りを見回して、あいつの姿を探している俺がいて・・・。
俺は最近、ほんとおかしい。あいつのことになると、自分が分からなくなるような気持ちばかり沸き上がる。
「顔が赤いですね。熱があるのかもしれません、念のため保健室へ行きましょう」
「い、いえ俺は大丈夫です」
「無理はいけませんよ。とにかく一度診てもらいましょう」
橘先生が心配してくれたようで、そう言って俺の腕を取った。
熱・・、そういや朝から体中がだるい。もしかしたらそれもあるかもしれない。
赤く火照った頬の理由をごまかすかのように、少し強引な橘先生に引っ張られるまま、俺はおとなしく保健室へ向かうことにした。
「おや、五十嵐女医は外出のようですね。さ、どうぞこちらへ」
保健室のある棟は教室から少し離れていて、保健の五十嵐先生がいないときは不良達が入り込んでることが多いと聞いたことがあったのだが、幸い今日は誰もいない。俺はベッドに腰をおろし、橘先生は棚から薬を探してくれているようだった。
「あの、橘先生、俺は一人で大丈夫ですから」
「いいえ、そういうわけにはいきません。今日はどっちみちテスト前の自習をさせてますから、問題ないですよ。さ、この薬を飲んでください」
「はぁ・・」
言われるまま橘先生の出してくれた水で薬を飲む。
「まずは熱ですね。ちょっと失礼します」
え、と思ったときにはドアップに橘先生の顔があって。軽くおでこが触れ合う。突然のことに驚いて目を大きくして固まった。
あ・・・・・。
その瞬間、デジャブ・・っていうやつか、前にもこんなことがあったような感じがして・・、それがこの間のことだったか、と忘れていたらしい記憶がうっすらと蘇ってきた。
『・・と帰したくなくなりますよ。お持ち帰りしてもよろしいでしょうか・・』
誰かが俺の髪を触って、うっすらと目を開いた。
・・あれは、夢じゃなかったか?
「やはり少し熱があるようですね。横になっていた方がいいいでしょう」
そう言って目の前で笑った顔が、
『あなたは、本当にかわいい人ですね』
そう言って微笑んで近づいてくる顔と、同じだったことを思い出した。
―――夢じゃなかったのか!?
「時任先生?大丈夫ですか。・・・・苦しそうですね」
「えっ・・!あ、ちょ、ちょっと何すっ・・」
「服を少しゆるめた方がラクになりますよ」
そう言って橘はベッドに俺を横たえると、シャツのボタンをはずしはじめる。
それも俺の上にのしかかる形で。
気づけばベッド周りのカーテンは綺麗に閉められ、ベッドの上に男と二人という異様な状態。
ちょっと待て。これは普通じゃねぇよなっ?
熱のせいか、ぽーっとなっていた俺も、さすがに自分のこの状況に気づいて、青くなってもがく。
「や、やめっ・・!」
「ラクにしていてください。・・すぐ終わりますから」
クスリと笑う吐息が頬にかかって、ゾクリとした。
キモチワルイ・・・
体調不良のせいじゃなく、胸の奥底からこみあげる悪寒が、たぶんこの男を拒否しているんだと思った。
いつの間にか両手首は頭上にまとめあげられて、シャツの裾から他人の手が進入してくるのに驚いてビクリと体が震えた。
俺はだてに体育大学生じゃないはずだった。ところが必死で四肢をばたつかせても両手はビクともせず、足はうまく絡めとられていて抜け出せない。
―――こいつ、強いっ!
そういえば橘は細身ながらも武術家で、空手部の顧問だったことを思い出して、冷や汗が流れた。
「っ・・あっ、イヤだっ!ヤメロっ!!」
「やはりかわいい人ですね、あなたは。はじめは興味本位でしたが、本気になりそうですよ。あなたのせいでね。」
「なっなんで俺のせいなんだよ!?このヘンタイっ!!」
「おや?覚えてないんですか?あの夜、キスしてくれて・・、それから僕を受け入れてくれたじゃないですか」
「っはぁ!?何言って・・」
そんなことするわけがないと言いかけて、止まった。あの夜、夢かと思っていたが、確かに俺に近づいてくる橘の顔を覚えていたんだ。・・だけど、それから先は・・
「・・お、覚えてねぇっ!」
キ、キスしたのか?こいつと?そ、それ以上のコトも!?
酔っていたのは確かだけど、男を受け入れる趣味はねぇぞ!!それにっ・・、翌朝うちにいたのはこいつじゃなくて・・。
「つれないですね。では思い出してもらうことにしましょうか」
「!!」
近づいてくる唇に俺はとっさに顔だけ横に逃れる。すると橘はそのまま首筋に顔を埋めてきた。
「ヤメロっっ!!」
声を上げながら、『時任先生って、橘先生のタイプかもね。気をつけた方がいいわよ』と忠告されたことをふと思い出す。
マジかよっ、こ、こういうイミだったのかよっ!
「安心してください。鍵はちゃんと閉めていますから誰も入ってきませんよ。ふ・・、途中で誰かに来られても貴方も困ると思いますけどね」
「っ!!」
首筋に吐息とぬるりとした感触がして、嫌悪感がこみ上げる。抵抗しようとするが、両手は何かで拘束されていて、完璧にマズイ状態になっていた。
助けを呼びたいが、大声だして誰かが来たら・・。生徒にでもこんなとこ見られたら、と思うとゾッとする。だけど、このままこいつに触れられるなんて耐えられない。恥を捨てて大声を出そうと覚悟をきめると、橘は見計らったように片手で、顎ごと口を押さえてきた。
「んんっ――!!!」
「往生際が悪いですね。大丈夫。病人には優しくしますよ」
なに、やってんだ俺っ!男のくせに、こんなに簡単に自由を奪われて、抵抗もできないなんて!
『ホント隙だらけだよねぇ・・。危険人物くらい見分けないと』
そんな声が聞こえた。・・・あいつの低い声。
そして・・、
『俺と、つきあってよ』
いつもよりも開いた瞳はまっすぐと俺を射ぬくように強くて。ふざけたことばっかり言ってる奴だけど、それが真剣だったことは、なぜかよく分かった。・・分かったからこそ、俺はどうしていいか分からなくて・・。
でも、今は、分かる気がする。
ほかの奴に触れられて初めて、あいつだけは特別だったんだって・・・・。
あいつに触れられたときは、こんな風に、悪寒が走るほどの嫌悪感はなかった。
それどころか、胸がドキドキして・・、その鼓動が心地よくて・・。
そうだ。なんてこった。こんなときに気づくなんて。
俺は、もしかしたら・・・・、あいつに恋、してるのかもしれない・・・。
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