体が、変だ。
霞がかった頭の中には、もうあいつしかいなかった。
『久保ちゃんって、呼んでくれる?』
そう言って穏やかに微笑むカオは、すごく大人びていて。体をはい回る手に顔をしかめながら、心の中で久保田の名前を呼び続けている俺がいた。
・・・体が、熱い。
熱のせいだろうか、頭がぼーっとして、息が苦しい。
「んん〜っっ!」
酸欠になったように、うまく息がつけないでいると、橘は口を覆っていた手を外し、俺はようやく荒い息をついた。
「っ・・はっ、はぁっ、・・」
「そんな誘うようなカオをして・・、いったい誰を思い浮かべているんですか?」
「・・・っ・、はぁっ・・。お、おまえじゃ、ねぇっ」
「・・・そうでしょうね」
橘は少し目を細めて言うと
「でも、体は正直なようですよ。あなたのココは・・」
と、冷ややかに笑って、俺のベルトに手をかけた。
「―――っ!!」
その行動に、思わず息を呑む。初めて人に触られたところが、橘の言うとおり熱を帯びていて・・。自分の身体の反応が信じられない。
このまま自分はどうなってしまうのか、血の気が引くような恐怖が駆け巡った。
ところが、橘は片手で器用にズボンのボタンを外していた手を、突然、ピタリと止めた。
何が起こったのか分からず呆然としている俺から体を離し、橘は小さく息を吐いて低い声を発した。
「・・・・また貴方ですか」
「!?」
橘によって開けられたカーテンの向こうにあった人影・・。それが久保田だったということを理解したのは、久保田が素早く拳を振りあげたときだった。
「っ、くぼっ・!?」
橘がそれを片手で受けると今度は、久保田の右足が橘の頭めがけて飛ぶ。それをぎりぎりのところで橘は受け止め、ふっと笑みを見せた。
「教師に暴力とは・・。やはり噂通りの問題児のようですね、久保田君」
「空手の師範代であるアンタなら、これくらい問題ないっしょ?」
とにかく頭がぼうっとしていたけれど、俺はベルトを外されたズボンに肌蹴たシャツのまま、慌てて起きあがる。
両手の自由が利かない上に熱のせいかくらりと視界が歪む中、狭い保健室でかまわず殴りかかる久保田に、必死で叫んだ。
「く、久保田!」
ただでさえ評判が良くない久保田が問題を起こせば、ただごとですまなくなる。
もし、退学なんてことになったら―――!
「――――やめろっ、久保田!!」
必死に叫んだ声に、久保田は振り上げた拳をピタリと止めた。そのまま無造作に手を下ろし、こちらを振り返ると、スッと目を細めた。
「・・どうして?・・・俺よりも橘の方がいいわけ?」
「っ――!!」
―――ズキン。と胸の鼓動が音を立てた。
小さく笑って言った表情は、いつもの余裕の笑みとは全く違っていて。からかうような意地悪い笑みとも、不意に俺を見つめる柔らかな笑みとも違う、寂しげな瞳と自嘲するような微笑み。
・・・なんだよ・・。いっつも余裕たっぷりで俺をからかってばかりのくせに・・・、こんな時だけ、そんな捨てられた犬みたいな目しやがって・・・。
「そ、んなわけっ・・、ないだろっ・・・」
この胸の痛みも、胸に渦巻く感情も、それが何をイミしているかってことくらい、もう俺にも分かってる。
こみあげる胸の痛みと苦しさに、ぎゅっと拳を強く握って耐えようとするが、それでも俺は堪えきれなかった。
「俺はっ・・、俺はお前がっ・・・、お前が好きなんだからっ!!」
・・・・ハッ、と我に返ったのは、そう叫んだ一瞬後のこと。
―――げっ!!何を言ってんだぁ!俺っ!!?
感情のまま吐き出した自分の言葉に、俺は一瞬でパニックに陥った。
「・・あ、そ、そのつまり、だから・・」
言った自分が一番驚いてどーする!!
ワタワタと言い訳を考えていると、ぽつりと間抜けな声がした。
「・・それ、ホント?」
見れば久保田は呆気にとられた表情。
そしてそれと同時に、ヒュンと空を切る音が耳に響いた。
「・・あっ!」と思った時には遅かった。橘の右足が鋭く舞い、バンッ!という何かにぶつかった音は、久保田がそれをくらった音だった。
「久保田っ!!」
フッと久保田の口元が弧を描いたのを見て、よく見れば久保田は両手でしっかりと蹴りを受け止めていたことに気づき、ホッと安堵する。
「不意打ちとは、やるコトがいちいち卑怯だよねぇ」
橘は攻撃の構えを崩すと、何事もなかったように服を軽く整え、にっこりと微笑んで言った。
「どうやら久保田君に先を越されてしまったようですね。生徒に負けてしまうとは残念ですが・・、仕方ありませんね。僕はお邪魔のようなので失礼します」
「そうしてくれる?・・でもまぁ、借りは今度キッチリ返してもらうけどね」
「ふふ、楽しみにしておきます。では時任先生、お大事に」
「――!」
お、お、お、お大事にって!!
たった今まで病人相手に襲いかかってきた奴は、どこのどいつだよっ――!
「ダイジョーブ?時任君」
突然起こった色んなことに頭の中は余計にグラグラして、ようやく事が収まった安堵感もあってか、軽いめまいに足をとられ、久保田の方へよろけてしまった。
「おっと。・・大丈夫じゃ、なさそうね」
「・・あ、頭がクラクラして、胸が、く、苦しい・・」
俺の肩を受け止めてくれた久保田が小さく息を吐いて、その吐息が俺のうなじにかかって、ドキリとした。
弱音を吐いているようで恥ずかしいけれど、久保田が来てくれた安心感があって・・、教師のくせに情けねぇけど、こいつの存在がすごく、心強くて。・・だけどそれと同時に久保田に支えられた肩が熱くて・・、胸のドキドキが加速する。火照る顔を見られないように俯くと、久保田は俺をベッドに寝かせてくれた。
「少し休んだ方がいいね」
そう言って、肌蹴ていたシャツのボタンをとめようとしてくれるが、俺はその手を咄嗟にはねのけた。
「っ・、こんな体のまま、イヤだっ」
橘に手や舌で触れられた感触がまだ肌に強く残っていて、そんな状態で服を着るのも、眠るのも鳥肌が立つほどイヤだった。
すると久保田はくるりと背を向けたかと思うと、どこからか濡らした冷たいタオルを持ってきて、それをそっと俺の額や頬にあて、優しく汗を拭ってくれた。
「キレイに、しようね」
「久保田・・・」
久保田の優しすぎる眼差しに、瞼の奥がぐっと熱くなる。
―――やっぱり、こいつにはかなわねぇ。
高校生に似つかわしくない飄々とした態度と余裕が、俺はただ悔しくて認めたくないと躍起になってた部分があった。だからイライラして、その分、こいつのことが気になって。けど、やはり出会った時に感じたとおり、この男は多分俺よりもずっと男らしくて、すげぇ人間なのかもしれない。
腕や肩もタオルをあてて拭ってくれる様子を俺はされるがまま、黙って見つめていた。
熱い体にひんやりとした感触が心地いい。
大事に大事に扱われているような優しいタオルの感触が、胸の奥を、くすぐったいような恥ずかしいような、何だか温かい気持ちにさせる。
ところが、首筋や鎖骨あたりにもその冷たさを感じはじめると、それまでと違った感覚が、徐々に俺を襲った。
「ッ、あっ・・、――!?」
自分の漏れた声に、驚いて口を手で覆った。
な、に、今の俺の声!!??
そして自分の体の変化に気づく。
スッと胸元を拭うタオルが乳首をかすめただけで、腰にビシリと何かが走り、自分の半身が反応を見せていた。
「な、、なんでっ・・」
驚いて久保田を見上げると、久保田は少し怖い顔をしている気がした。
「そうかなと思ったけど、やっぱね。・・・病人に変なクスリ使うなんてね。橘、次会ったら殺しちゃうかも・・。」
「へ、変なクスリって・・」
そういえば風邪クスリをもらって飲んだんだっけ・・
「多分、催淫剤ってとこかな?仮にも教師がまさか覚醒剤ってことはないでしょ。」
か、仮にも教師が催淫剤もねぇだろ!!
俺は怒りを感じながらも、どこか他人事のように納得していた。
そっか、そういうことだったのか、と。奴に触られてすげぇイヤだったのに、意思とは無関係に反応した身体に、ホント自分が許せなかったけど。それはクスリのせいだったからなのか。
・・だけど、ちょっとまてよ。
嫌悪感だらけの相手に、そんなだったってことは・・、これ以上久保田に触られたら・・・。
そんな思考を見透かしたように、久保田はふっと笑った。
「ねぇ、ここ、キモチイイ?」
そう言うと胸元やわき腹を執拗にタオルで拭っていく。
無意識にビクンと体がはねた。
タオル越しだというのに、橘の時とは全く違った快感が体の奥にじわじわと燻る。
「あっ、ンンっ・・」
押さえられない自分の声が恥ずかしくて、カオが熱くなる。だけど確かにキモチよくて・・。久保田にされていると思うだけで、ドキドキが止まらなくて・・・。
やっぱり俺、・・こいつのことが・・。
ぽーっと見上げると、やっぱり高校生には見えない端正な顔立ちがあって・・、徐々に近づいてくる唇を感じて、俺はゆっくりと、目を閉じた。