2度目の冬はたくさん雪が降って、すごく寒かった。
・・俺は暖かい部屋で寝てばっかだったけどな。
そんな寒い冬はいつの間にか終わって、気づくと街は、コートを脱いで薄手の明るい色の服を着た人達で溢れていた。
辛い冬は必ず終わりをつげ、次の春がくる――。
俺たちはそれでも変わらずに日々を過ごしていた。
いつものように「ただいま」と帰ってくる久保ちゃん。
玄関まで出迎えて「おかえり」と迎える俺。
どんな非合法なバイトを終えてきたのか、嗅ぎ慣れた煙草の香りの合間に、かすかに硝煙の匂いがした。
それでも俺たちの日常には変わりなくて――。
変わらないことこそが、俺にとっては、これ以上ないくらいの一番の“願い”だったから。
俺は本当に幸せだったんだと思う。
その日は昼から久保ちゃんはバイトに出てて、俺はとにかく、ヒマをもてあましてた。
「あーっ!もー、飽きたっ!」
ガシャンと音をたててコントローラーを放り投げると、大きく伸びをした。
昼過ぎに起きてからずっとゲームやりっぱで、気がついたらすっかり日は落ちてた。
「げっ、もーこんな時間かよ〜」
久保ちゃんは遅くなるって言ってたし、つまんねーなぁ、なにしよっかな。
「あーっ!ハラ減った!!」
俺は誰もいない家で盛大に独り言を叫ぶ。
プルルルルル
そんな俺の声に反応するかのように、部屋の電話が鳴った。
久保ちゃんがいないときに電話鳴っても出なくていーって言われてるから、俺はいつも無視してるんだけど、
『もしもし〜クボッチ、トッキー、いないのかな〜?』
留守電に聞き覚えのある声が入ると、急いで受話器を取った。
「もしもしっ、タキさん?久保ちゃんならいないけど」
『あぁ、トッキーやっぱりいたのね?お久』
思ったとおり、滝さんこと、フリーライターの滝沢だった。
タキさんはウサンクサイとこあるけれど、久保ちゃんがサツに捕まったとき、何かと協力してくれたんだ。
そういえばちゃんと礼を言ってなかったことを思い出した俺。
「タキさん、こないだは、その、色々とサンキュな。」
『あ〜、いーよ、いーよ。あのくらい。お宅らには借りがあったしね』
タキさんは照れたようにケンソンすると、いつもの軽い感じで答えてくれた。
『それよりさぁ、クボッチいつ戻るの?』
「ん〜、遅くなるって言ってたから・・明日、明け方かな」
『そっかぁ、いや〜実はね、いい情報手に入れたから知らせておこうと思って』
「情報?それって・・」
『そう、トッキーの右手に関わるコト』
「!」
俺は一瞬息を呑んで、手袋をした右手を見つめた。
「マジか・・?」
『うん、けっこう信憑性のある情報でさ、早く二人に伝えたかったんだよね。
けどま、クボッチいないんだったら、また明日にでもかけるわ』
タキさんはフリーライターとして働きながら、俺の右手・・、ワイルドアダプターに関するコトを探っている。
それは知ってたけど、タキさんが本当に何か掴んでくるなんてこれが初めてだった。
『じゃあ、とりあえずクボッチが帰ってきたら電話くれるように言っといてくれる?』
そう言って電話を切ろうとしたタキさんを、俺は咄嗟に呼び止めた。
「あっ、ちょっと待って、タキさん!・・俺、今からそっち行くよ」
タキさんは、「くぼっちに怒られるからいい」とかなんとかイミわかんねぇこと言ってたけど、「行く!」って言ったきり強引に電話を切ってやった。
だって相手はタキさんだ。
いつも行動するときは何かしら知らせるように久保ちゃんに言われてっけど、話聞きに行くくらいで久保ちゃんが怒るわけねぇと判断してそのまま部屋を飛び出し、タキさんちへ向かったんだ。
偶然ヒマをもてあましてたことだし、たとえガセネタでも退屈しのぎにはなるだろうしって、そんな感じだった。
ワイルドアダプター・・。
俺の右手を獣化させたと思われる謎のクスリ。
あんま難しいコト分かんねぇけど、完全に獣化された死体が発見されること数体・・。
葛西さんからなんも連絡がないところをみると、ここ最近はそうゆう事件は起こってないようだって、久保ちゃんが言ってたっけ。
そういや今年に入ってから、随分なんつーか、平和だったな。
俺はこの右手と正面から向き合う為に、そのクスリについて調べることにしたけど、実際、俺らにできることっていったら、遺体発見の現場に顔だしたり、それ系で葛西さんやモグリに情報もらったりって・・けっこう限られたことばっかだった。
俺に全く記憶がない以上、自分らでそれに辿りつくのは難しいことなんだ。
それをタキさんも追ってて、情報をくれるって言ってる。
そうなるとガセでもなんでも、ありがたいってもんだ。
第一、俺が知らないとはいえ、俺のことだ。
そりゃ早く知りたいっつーの。
あいつが帰ってきたら伝えればいいし。
俺はそんなこと考えながら、駆けつけたタキさん家で、コーヒーを入れてもらってた。
「お、サンキュ」
「トッキー、久々だね、こないだはえらい落ち込んでたけど、だいぶ元気そうだねぇ?」
「俺はいつも元気だよっ」
タキさんはいつも兄貴づらして言ってくるもんだから、ついムキになって喧嘩腰になってしまうけど、いつも笑ってかわしてくれっから、やっぱ大人だなって思う。
「ははっ、トッキーてば相変わらず」
タキさんは笑いながら、大きめの封筒をカバンから取り出し、俺に渡した。
「はい、これ、有力情報」
「あ、あぁ、サンキュ」
茶封筒には数枚の資料が入っていて、小難しそうな小さな文字がたくさん並んでいた。
その資料をパラパラとめくって読んでみたけど、はっきり言って、よく分かんねぇ。
「んー・・んぁ?」
・・研究所・・?
WAの・適合性・・・・?
頭に”?”が浮かび顔をしかめる俺に、タキさんは笑いながら言った。
「まぁ、まぁトッキー俺がちゃんと説明するから」
んなら先に言えよ。
「トッキー、出雲会と東条組がWAを追ってるって知ってる?」
「え?いや、俺はあんま知らねぇけど、久保ちゃんがンなこと言ってたな」
実際、サオリの彼氏が獣化して発見された事件のとき、東条組のやつとは面識あるしな・・。
やつらもWAの情報を追ってたことは確かだったはず。
「色んなルートで調べたんだけど、東条組のやつらもやっきになってWAの入手経路を嗅ぎ回ってるらしいんだ。そいつらの話だと、『本物のWA』ってのを手に入れようとしているらしい」
「本物?って・・?まるで偽者があるみてぇな言い方だな」
「あら、トッキーたら鋭いじゃない?」
またからかうように言われてムッとして急かしてやった。
「んでっ?どーゆーことなんだよっ?」
「うん、実際俺もまだよく分からんけど、どうやらWAにはランクがあるらしくて、『本物』って言われるのは”完璧なWA”っていうものらしいんだ。それ以外の下ランクは不完全なモノであって、今世に出回っているやつがそれにあたるらしい」
完璧なWA・・。
「それじゃあ、獣化した遺体はその下ランクによるものなのか?」
「うん、そゆことだろうね。まぁ、偽者にしろ何にしろ、その入手経路は分かってないんだけどね」
クスリのサンプルこそ手に入らなかったが、クスリの出所が間違いなく日本にあり、
その場所のおおよその見当がついたということらしい。
WAの噂はT国などの軍事国にまで広がっており、それを手に入れようと東条や出雲らだけでなく、どの国もやっきになっていること。
本物と呼ばれるWAには投与される人物との適合性が大きな問題であり、どれも研究段階であるらしいこと。
タキさんの説明によるとそんなとこらしいけど、俺にはイマイチよく分かんねぇ。・・なんだって、どいつもこいつもそんなにWAがほしいんだ?
「・・なぁ、タキさん。俺の右手ってやっぱWAの作用ってやつなんだよな?・・だとしたら、俺のはホンモノのWAによるものなのか?」
俺が真剣に聞くと、滝さんは両手を組んで考えるように唸った。
「トッキー・・・、悪い、俺にも分からんわ。ただ、他の下ランクの奴等は皆遺体で発見されてる。けど、トッキーはピンピンしてる。ホンモンにどんな作用があるかは分からんが、ただ、トッキーが普通の人間と同じように元気だってことが証拠だっていうんなら、そうなのかもしれない。・・まぁ、右手以外はってことになるんだろうけど」
タキさんは俺を気遣うようにそう言って笑う。
俺はタキさんの視線の先にあった黒手袋に覆われた右手を見て、ああ、と思った。
もしその下ランクっていうのなら・・だとしたら俺はもう既に死んでてもおかしくないってことか・・。
「―あ、もうこんな時間か」
時計はもう少しで明日になるとこだった。早ければ久保ちゃんが帰ってくるころだ。
そろそろと、腰を上げようとすると、タキさんが思い出したように言った。
「あ、トッキーあと一つさ、これは小耳に挟んだんだけど、2年くらい前にさ、出雲会の男が本物らしきWAをナガシから手に入れてたらしいってハナシ」
「えっ?じゃあ、そいつを探せば・・」
「それがもうムリなんだよね、その男、それからすぐに殺されたらしいんだ」
せっかくの有力情報だったけど、クスリを手に入れた男の結末に、なるほどと思った。
・・そーか・・。
WAにどんな力があるか分からねぇけど、関わって殺された人達は相当いるんだ。
俺はともかく・・、
「・・タキさん、情報はマジありがたいんだけどさ、あんたもうこの件から手を引いたがいいと思う。これ以上関わるとあんたも危ねぇよ」
これ以上WAに関われば、危険な目にあう可能性は高い。俺は自分のことだから、危険は承知だけど・・。
「・・・なーに?トッキーったら心配してくれてんの?」
「っ当たり前だろっ!」
冷やかすように言うタキさんに思わずムキになって怒鳴ると、タキさんはニヤリと笑い、嬉しそうに俺の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「んだよっ!?」
「今さら手はひけんのよ。それに職業柄こーゆーのは知りたいタチなんだよね〜。大丈夫!俺はしぶといからそう簡単に死にゃせんよ。人の心配する前に、トッキーこそ気をつけなよ?」
タキさんはそう言うと、人差し指で俺のおでこを軽く小突いて「なっ」って、笑った。
「・・タキさん、あんたやっぱり見かけによらずいいヤツだな」
俺がそう言ってニカッ笑うと、タキさんは、
「・・だからどーゆーいみよ?」って苦笑いした。
資料を片手にタキさんちを出ようとすると、ちょうど久保ちゃんからの携帯が鳴った。
「もしもし?バイト終わったのか?随分早かった・・え・・?獣化した・・遺体が出たのか!?」
ここ数ヶ月聞かなかった久保ちゃんの急な知らせに、思わずタキさんと目を合わせた。
タキさんは頷き、素早く上着をはおり、出る準備をしている。
元新聞記者だけあって突然の事件に駆けつけるのは慣れているんだろう。
「久保ちゃん!行こうっ!」
『うん、今から迎えに行こうと思ったんだけど・・時任今外?』
「あぁ、実はタキさん家にいるんだ、ここからはそんな遠くないし、直接向かうから」
『・・ん、そ?分かった、じゃぁ後で』
タキさんに場所を言い、とりあえず二人で向かうことにした。
「それでクボッチは何だって?」
「久保ちゃんの話じゃ、なんでも4体も・・」
急ぎ足で現場に向かいながら電話の内容をタキさんに伝えようと、口を開いたそのとき、突然、タキさんの後ろに黒い影が見えた。
「――!?」
黒い影は大きな男で、突然、タキさんが吹っ飛んだ。
「ぐっ!!」
「タキさん!!」
そして俺の後ろからも別の男が襲い掛かってきた。俺は汚いフイうちをかわしながら、そいつの腹に蹴りをいれる。
そして次々と殴りかかってくる男に対戦しながら、ようやく周りを見ると黒い服を着た男たちに囲まれていることに気付いた。
ちくしょう、いつの間に・・。
4,5・・・いや6人か?
「なんなんだよっこいつら!!」
飛び掛ってくる男達を殴りつけ、蹴り飛ばしていたが、
「そこまでだ」
次の瞬間俺は動けなくなった
「タキさん!!」
男はタキさんの首を片腕で絞めながら、頭に銃口を突きつけていた。
「く・・そっ・・」
自分一人でなら、隙を見て逃げようがあったけど、人質をとられて、囲まれるという不利な状況だった。
そのうえ、後ろの男が俺の背中に銃口らしきものを当てている。
「大人しくついて来い」
くそ・・っ!言うとおりにするしかない・・か。
覚悟を決めた俺は、男らを睨み付けながらも抵抗をやめて、軽く両手を挙げて見せた。
こういうときはいったん相手の言うことをきくことも大事なはず。
俺も久保ちゃんと2年も一緒にいただけあって、少しは冷静な判断もできるもんだと思いながら、男に拳銃を押しつけられるまま、黒塗りの車へと連れ込まれた。
俺はこのとき知るよしもなかったが、実は俺の乗る車の後ろには、同じく黒塗りの車が後を走っていた。
その後部座席では、今回の拉致を行った男が首謀者へ連絡を取っていたのだった。
「関谷です。ターゲットを確保しました。今A埠頭倉庫に向かっております。どういたします?」
『迎えを行かせます。そこで待機してください』
「了解しました。」
関谷は電話を切ると口端を上げながら、部下を呼んだ。
「関谷さん。どうなさいました?」
「矢崎、先方が迎えに来るんですって。目的地に着いたらお出迎えの準備よ」
「は!」
「ふふ、やっとカレの顔が見れるわ、面白くなりそうね」