願い【2】

 


 

二人で向かえた2度目の冬、白い雪が積もった。

お前と出会うまでは、その雪のように真っ白だった俺の中は、

この2年で驚くほどに色づいてしまっている。

それまで俺を生かし続けた不変な日常が嘘のように、

それはごく普通で、ごく幸せな日常だった。

どうかこの日が今は消えることなく、

ただ続いていけばいいと、・・・ただそれだけを願っている俺がいた。

 

 

代打ちのバイトをしながら、ぼーっと考えていた。

この仕事自体、考え事をしながらやりぬけるようなラクなもので。

今年に入ってから特に事件もなく、ごく普通の日常が流れていたなぁと思う。

毎日が平和という感じで、俺はぬくぬくとその日常に浸っていたのだろう。

だけど・・・、俺のようなヤツに、やはりそんな日常は分不相応だったのだろうか。

コトはここ数日、急速に動きつつ、あった。

突然鳴った着信は久々に俺の叔父からだった。

「はい、あぁ葛西さん」

『誠人、いつもの雀荘か?』

「さすが、お察しがよいね」

『3ヶ月ぶりに例の死体があがったぞ、しかも一気に4体だ』

「・・あらら。それはまた・・。場所は?」

『そこから遠くねぇが、東条組のシマだ』

「ありがと、そんじゃ後で顔出すわ」

久々のWA関連の遺体発見・・・しかも一気に4体ねぇ・・。

・・知らせないと後で怒られるだろうなぁ。

俺は早めに切り上げて時任に連絡することにした。

時任はすぐに携帯に出たものの、どうやら家にいないようだった。

タキさんちにいるということを聞いて俺の胸が少しざわついた気がした。

・・・こんな夜中になんでタキさん家に?

時任が何の用もなく行くとは思えないし、タキさんから連絡でもあったのか。

俺はそんなことを考えながら、ため息と同時に煙を吐き出した。

東条のシマでもある雑居ビルに着くと、辺りは警察車輌なんかで囲まれていて、深夜だというのに野次馬たちが携帯片手に集まっている。

・・ヒマな人達だなぁ。

シートに囲まれた入り口に見慣れた人を発見した。

「ども、葛西さん」

「おぉ、誠人、来たか。入っていいぞ」

葛西さんのその言葉に周りの警官たちが一礼して入れてくれる。

全くの部外者なんですけど。

「ったく久々かと思えばこの有様だ。誠人、見るか?これが今回の仏さんたちだ」

「んー、じゃあ一応」

ちょうど運び出される前だったらしく、床に4体ほどの肉塊が転がっていた。

その大きさは大小さまざまで、死体だと分かるものもあれば、小さなものは人間の原型を留めていないものもある。

「ふーん、何かの動物が車に引かれてスプラッタ・・みたいなカンジね?これ全部WAを?」

「ああ、調べてみんと分からんが恐らくそうだろう。ぐちゃぐちゃだが4体とも獣化した後があるからな」

葛西さんがそう言うように遺体は毛に覆われ、獣のような爪が見えるものもある。

今まで上がった遺体はこれで14体か・・全てWAを摂取した痕跡が見られ獣化していることは確からしい。そして内臓破裂による死体という共通点。

「それで、他に手がかりはあったの?」

「それも調査中だが、クスリを所持してるわけでもないし、今のところ不明だ。第一、4体も一気に出るとは初めてのことだしな」

今回も特に情報はなし・・ね。

「・・おい、誠人、お前少しは人間らしい反応しろよ。こんなぐちゃぐちゃな遺体、俺らでもなかなか見れないもんだ。新木なんかそこら一帯ゲロまみれにするぐらい吐きまくってたぞ」

葛西さんは呆れた様に笑って言った。

俺は笑って「そうね」って言うと、葛西さんはさらに深いため息をついた。

そんなこと言われてもねぇ。

「・・今日は時坊はいねぇのか?」

「来る予定なんだけどね」

あれからけっこう経つ。タキさんちはここからさほど離れていない、がまだ来る気配がないことに俺も気がかっていた。

タキさんも一緒に来るつもりだったんだろうが、何かあったんだろうか・・・?

何か・・・。

時任の携帯にかけてみるが、繋がらない。胸騒ぎはますます大きくなるばかりだった。

・・やはり一人にするんじゃなかったか。

この胸を焼くような不安はただの考えすぎってことじゃない。その不安の元凶となる事態が、数日前に起こっていたのだから。

そう、平穏な日常に忍び寄る黒い不安は・・、あの男に会ってから、急速に広がりつつある―。

 

 

 数日前-

その男は唐突に目の前に現れた。

その日もいつものように雀荘でバイトをして、早めの帰宅途中だった。

見覚えのある黒塗りの車に行く手を阻まれ、後部座席から出てきたのは、出雲会代行の真田だった。

「久しぶりだね、久保田君」

「はぁ、そうですね」

1年程前だったかね、久しぶりに君に電話をかけたのは。時間とは早いものだな」

「・・それで、何か用ですか?」

気のない返事に、真田は笑みを浮かべた。

「いやね、君の姿が見えたものだから、つい車を降りてしまったんだよ。君は面識なかったろうが、さきほどまでうちの組の会長のところへ行っていてね」

「はぁ・・」

多分俺の顔に『興味がない』と書いてあったんだろう。真田は苦笑して言った。

「相変わらずだね、君は」

「そうですね。俺はもう無関係ですから、それじゃ」

早々にその場を去ろうとしたその時、車の後部座席からもう一人の男が降りてきた。

「真田さん、僕にも紹介してもらえます?」

「あぁ、そうだね、久保田君、紹介しよう。この人は奥井君だ」

そのとき、どうして足をとめてしまったのか、自分でも分からない。

その男は、真田と似たような体格で、小奇麗なスーツに身を包んでいた。

年は30代そこそこだろう。ニッコリと微笑みかけるその男は、一見とても穏やかで、人の良さそうな男だった。

「久保田君、ですね。貴方のことは真田さんから聞いていました。奥井明良(おくいあきよし)といいます。よろしく」

男はそう名乗って、名刺を差し出した。

俺は目の端で奥井を見て、一瞬何か違和感を感じたものの「どーも」とだけ応え、受け取った名刺をポケットに入れた。

何の違和感だったのか分からないけれど、会いたくもない真田に呼び止められた上、見ず知らずの男を紹介され、普通なら俊敏にその場を去っていたはずだった。

けれど、不覚にも俺は足を止めてしまっていた。

「奥井君は医学研究者でね。色々と助言してもらってるんだよ」

足をとめた俺に気を良くしたのか、真田は薄く笑いながら話を続ける。

「君にも以前、聞いたと思うが、WAというクスリをうちの組は追っていてね、君は知らないと言っていたがね、まぁ色々と奥井君に協力してもらってるんだよ」

真田の言葉に、俺は小さくため息を吐いて答えた。

「・・真田さん、俺はホントに何も知らないですよ。興味もないですし」

「そうかね?その話なら興味あるかと思ったんだが、残念だ」

「それじゃ」

俺は今度こそ、と軽く会釈をしてその場を立ち去る。しかし・・・

「――君、動物、好きなんだってね?」

突然後ろから、真田ではないその声が、俺を引きとめた。

何か不快な視線が俺の背を刺して仕方がないこともあった。

奥井はそれを見透かしたような笑みを含んだ声で、こう続けた。

「僕も大好きなんだ。君が飼ってるっていう可愛い猫、今度ぜひ、見せて欲しいな」

奥井らに背を向けたまま、俺の胸に殺気にも似た衝動が走る。

自然と鋭く目を光らせている自分がいた。

それを感じ取ったのか、瞬間、周囲に何かピンと張ったような緊張感に包まれたような気がしたが、俺は二度と目を合わせることはなかった。

「・・すんませんけど、人見知りなんでやめといてください」

それだけ言い残してその場を去った。

「・・どうだね、私の言ったとおりの男だろう?」

真田がそう言うと奥井は裏のない笑顔で答えた。

「ええ。いえ、それ以上のようですね。次に会えるのが楽しみですよ」

そんな彼らの会話を久保田は知る由もなかったのだが、真田に会ったこと以上に、この奥井という男に出会ったことが、無性に面白くないことに感じた。

あの男に感じた違和感・・それはおそらく今までの自分にもあてはまるものだったのだろう。

裏のない笑顔とその瞳の奥に光る、深い、黒い何か―。

その黒い光が久保田に今まで感じたことのない不安を思わせていた。

不安・・恐れ・・?

――そんなモノが俺に在ったってコト?

その名の知らぬ感情に、自嘲の笑みを浮かべる。

 

オクイ・・アキヨシ・・。

数日前のことを思い出した俺は、床に転がった獣の塊が運び出されるのを見下ろしながらポケットに手を突っ込み、固い紙に触れた。

奥井という男の名刺だ。

あれから数日経っていたが、なぜか捨てることをしなかった。

その四角い紙を、きつく握り締める。

その男のことと時任のことは無関係なはずだと思いながらも、時任と連絡を取れないことが、深く黒い不安をあおっていることは確かだった。

 


続きますvv オリキャラ登場しちゃってすみません;^^

 

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