『鵠さん、俺です。情報・・欲しいんですけど』
あれから朝になっても時任の行方は知れず、滝沢のアパートにもいないことを確認すると久保田は家に戻ってから、鵠に捜索を依頼した。
現場から滝沢の家へ向かう途中、久保田は偶然、あるものを発見していた。
ふと、何かを感じて、道路脇の茂みを覗くと、そこにはA4サイズの茶封筒があったのだ。
中の書類を見て一瞬目を張ったが、これは間違いなく時任が隠したものだと確信した。
そして同時に、ずっと胸にある不安な気持ちが、奇しくも的中したのだと悟っていた。
その資料は、まぎれもなく、WAについての情報。
――昨夜、時任はWAの情報を手に入れるべくタキさんちを訪れたのだろう。
この茂みに隠してあるということは、ここで何かの事件に巻き込まれたのか・・。
現場にはタキさんと二人で向かっていたはず・・二人とも拉致・・?
そうだとしても黙って拘束される時任じゃあない。
タキさんを人質に取られたか・・、それとも抵抗も出来ないほどの状態にされたのか・・・・。
そう考えた久保田の表情がわずかに曇る。
どちらにしろ時任の行く先は不明だったため、久保田はとりあえずWAの資料を持ち帰り、鵠の情報を待つことにした。
――WA(WILD ADAPTER)
麻薬・覚せい剤の一種で、中毒症状も見られる。
服用・投与すると、全身に獣のような体毛と牙・鋭い爪などが現われ、常用することにより人間の筋肉・骨を極限まで高めた、強靭な獣と化す。
ただし、今現在研究中であり、完璧なWAは未だ存在しない。
WAはその薬との適合性が大きな壁となっており、一度でも服用したものは内臓破裂及び心臓発作、脳死等で全てが死亡。
現在WA中毒患者の生存者は、
「存在しない・・か、」
WA精製工場・研究所とみられる場所は・・・無人島とも言われる孤島の南端・・。
以前葛西さんからもらった資料に近いものがあるが、それ以上のもの。研究所の場所まで載ってるとはね。
警察でさえ全く掴めなかった事。タキさんはこんな情報、どこから・・?
時任が拉致られたとしたら、狙いは・・・、時任の右手を知っているヤツらか・・。
以前から付きまとっていた奴ら・・出雲かもしくは東条・・。
この資料は時任が隠したのだろうけど、この情報だけが狙いだとも思えない。
やつらの目的は・・・?
久保田が考えをめぐらしていると、鵠から連絡が入った。
『久保田君、遅くなりましてすみません。いくつか分かりましたよ』
まず、東条組系からの情報とのこと、それによると、東条組の代行がA埠頭あたりに男2人を拘束しているようであるとのことだった。
目撃証言もなく、それが時任達だという確証はないものの、行方の分からなくなった時間帯、東条の腕の立つ連中を招集していたという話から、時任らが拉致られている現場とみて間違いないようであった。
それから、東条の目的は分からないが、はっきりしていることはバックに何かがついているらしいこと。つまり、東条組のトップである代行が誰かの命を受けて動いているらしいとのことであった。
東条組代行・・関谷・・か。
久保田は以前会ったことを思い出しながら、鵠のもう一つの報告に耳を傾けた。
『それから、久保田君の言っていた男ですが、これは調べるのに苦労しました。奥井明良(おくいあきよし)、東京都生まれ34歳、医学博士。T大学院在学中博士号を取り、同大学において医学生物学研究の第一人者として名を知られていたようです。
しかしその後については調べても分かりませんでした。
というのも、8年ほど前から彼の名は勤務先の大学から削除されていまして、なんでも、極秘での薬品の研究中にその全ての資料を持って行方不明になったとか・・。
それがよほど極秘なことだったのでしょうね。大学側は公にしてないようですから。その後は有名な某薬品メーカーの研究室勤務ということになっているようですが、恐らくこれはフェイクでしょう。
そして半年前、突如帰国しています。何らかの目的で今は出雲会と繋がりがあるのは本当のようですね』
「鵠さん、毎度ナイスな情報ありがとね」
『いいえ、仕事ですから。・・久保田君、この男が時任君の行方に関係していると?』
「いや、これが全く分からないんだわ」
久保田が苦笑すると、鵠もくすりと微笑んだ。
『なんにしてもキナ臭い男です。お気をつけて』
「ご心配どーも」
話を終え、セッタに火をつけると、知らずに大きく息を吐く。
どうやら、俺の不安は的中・・しちゃったみたいね。
話はまだ繋がってはいない。・・が、裏で糸を引く黒い影が見え隠れしているのは確か。
久保田はため息にも似た煙をゆっくりと吐きながら、ふいに暗い部屋を見渡した。
テレビの前には出しっぱなしのゲーム。
夜通しゲームをする時任用にソファに置いてある毛布。
昨日、時任がそこにいたままのいつもの部屋がそこにあった。
「この部屋、こんなに広かったっけ?」
シンと静まり返った部屋にそう呟くと、なぜか煙草を吸うことさえ億劫になって、火をつけたばかりのセッタを潰すように、もみ消した。