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 願い【11

 


 

―――時任。

俺はお前に会ってから、本当に人間らしくなったと思う。

お前はそれを『良かった』と、言ってくれたけど、・・・俺はそうとも思えない。

人間らしくなったおかげなのか、俺は、

なによりも自分の願いを叶えたいと思ってしまうから。

 

 

これ以上ないほど・・・・、貪欲に・・・。

 

 

 

 

 

 

「さあ、稔、そいつは侵入者だ。殺せ」

それまでじっと動かなかった時任が、初めて奥井の声にピクリと反応をみせたかと思うと、次の瞬間――、侵入者に向かって俊敏に駆け出した。

「――時任!」

奥井を背にする形で時任は久保田に飛びかかった。

時任の鋭い爪が久保田をめがけて振り上げられる。久保田はかろうじてその一撃を避けるが、左手で銃を叩き落とされ、その一瞬の気の乱れを突くように再び獣の爪が襲いかかった。

「っ・・」

久保田の左腕から鮮やかな血が吹き出した。空を切り裂き、ほんの少しかすっただけだというのにその殺傷力はかなりのものである。まともにくらっていれば腕を切り落とされかねない。

これまで時任がその力を誰かに対して向けたことはなかったが、洗脳という絶対的な命令により枷が外れたそれは、まさしく強靭な獣のものだった。

久保田が何度時任の名を呼ぼうとも、それが時任に届くことはなかった。

侵入者に向けて隠すことなく殺気を向け、本気で殺すために飛びかかっていく。

久保田は銃を持ちながらもそれを向けることはなく、寸前で攻撃を交わす防戦一方である。

その光景を楽しむように、奥井が満足そうな笑みを浮かべていた。

「・・・時任・・・」

久保田に時任を攻撃する意思がない以上、誰が見ても久保田に勝ち目はないように思われた。

久保田は時任と向き直ると、裂けた衣服から血があふれるのにも押さえもせず、攻撃を加えようと構える少年を見つめた。

右手に銃を取り戻してはいたが、構えようとはしない。

ただじっと、暗く光を持たない変わり果てた瞳を、捉えて離さなかった。

もう一撃加えようと右手を振り上げた時任に、久保田はゆっくりと近づいていく。

「!!」

隙を見せたまま近寄る予想外の敵の動きに、時任は警戒したように目を大きく張りビクリと動きを止めた。

久保田の瞳は時任から逸らされることはなく、徐々に二人の距離が狭まっていく。

「う・・・」

時任の、その虚空の瞳に何が写ったのか、小さな呻きをあげたまま、身を強張らせた。

それでも暗闇のような漆黒の瞳は、目の前の久保田から逸らされなかった。

「・・時任・・」

 

 

―――こんなにすぐそばにいるのに、・・・・・お前が感じられない。

時任、ごめんね。たとえこれがお前の真の姿でも・・・、

俺は・・・、お前を失いたくない――。

 

 

手を伸ばせば届く距離で、久保田は穏やかな瞳で時任を見つめた。

そして伝えた言葉は、―――たった一言だった。

 

「時任、一緒に帰ろう」

 

胸を締め付けるほどに苦しい想いも、全てを投げ打ってでも手に入れたい強い想いも、溢れる想いを、たった一言の言葉に込めるように・・・。

「!!」

その瞬間、暗闇だった時任の瞳に何か写った気がした・・が、

「・・稔、そいつは・・敵、だ!」

目を鋭くした奥井の命令が再び下った瞬間、時任はビクリと身体を大きく震わせると右手を振り上げ、久保田めがけて爪を剥きだした。

「時任!」

間一髪その攻撃をかわしたが久保田の頬に鮮やかな血が飛び散る。

時任がさらに振り上げた右手を、今度は久保田は避けようともせず真正面から飛び込むと、そのまま時任の身体を強く抱きしめた。

「――ぐっ!?」

予想外の動きに時任はたじろぎ、身を固くする。

「・・いいよ。時任、お前になら殺されてもいいから・・」

久保田は時任の肩に頭をうめ、細い体を抱きしめて、耳元でささやいた。

まるで、恋人に対する甘い睦言のように・・・。

 

「・・俺のものは全部、お前のものなんだしね・・・」

「っ・・!?」

その言葉に時任は大きく目を剥き・・動きを止めた。

「―――稔!?何をしている!コロセっ!!」

「っ!!」

奥井の命令が下ると、時任は久保田に抱きしめられたまま、再び大きく腕を振り上げる。

・・しかしその手が久保田の身体を引き裂くことはなかった。

時任は大きく目を開いたまま、体中を何かが凄まじく駆け巡るのを感じていた。

思い出せないけれど、大きな・・・、大切な・・・、何かが、確かに胸の奥にあった。

それはまるで自分の一部であるかのようで、忘れることができるはずもないほどに、熱く時任の胸を締め付けていた。

「っ!!うあ・・ああああああっ・・!!」

「時任――!」

時任は激しい叫び声をあげると、久保田を強く突き飛ばし左手で頭を抑えながらうめき苦しんでいた。

「稔!??」

奥井の驚愕の声が辺りに響く。

「う・・うあああ・・っっ!!」

その異質な空間の中で、十字架を前に・・。まるで罪人が罰を受け苦しみもがくかのように・・。

振り上げたままの右手をガクガクと震わせ、時任は、胸の奥の熱い何かに苦しみ・・、鋭い痛みに耐えるような表情で、・・・泣いていた。

ぬぐうこともなく、とどまることのない大粒の涙を流しながら・・・。

「――まさかっ!?」

「う・・ああああああっ!!!」

次の瞬間、大きな雄叫びと共に、振り上げた右手に鋭い爪を剥きだしたまま、時任は俊敏に飛び跳ねあがった。

その身体が空を飛び、頬を濡らした涙がきらきらと光を帯びる。

「時任――っ!」

久保田は驚きに目を開き、奥井はさらに驚愕した表情を浮かべていた。

その鋭い爪が目標としたのは、久保田ではなく、奥井だったのだ。

「稔っ!!!」

 

 

ガウンッガウンッ・・

 

 

 

2発の銃声がこだまし、久保田の時任を呼ぶ声が辺りに響き渡った。

一瞬の後、時任の体からは赤い鮮血が吹き出し、その華奢な身体はそのまま転げ落ちた。奥井は自分に襲い掛かる時任に、咄嗟に銃弾を浴びせたのだった。

予期せぬ時任の行動に、奥井も久保田も、目を見張った。

「っ稔っ!なぜ・・なぜだっ!!」

撃った銃を構えたまま、奥井の身体はガクガクと震えていた。

時任は胸と足に銃弾を受け、うずくまる辺りには鮮やかな血の溜まりが広がっていく。

「・・うう・・」

「時任っ!」

久保田が駆け寄るよりも早く、奥井は時任を盾にするかのように抱き起こし、時任の頭に震える銃口を充てた。

「・・ははは。久保田君、やはり稔は、稔は僕のものだ――!それ以上近づいたら・・稔を殺す」

奥井には、もはやこれまでの余裕のかけらもない。

穏やかな笑みは消え去り、瞳は狂気に近いものがあった。

「・・時任」

久保田の声に反応するかのように、薄く開かれた時任の瞳は、変わらず黒い闇に覆われていた。

「さぁ、どうする?稔とともに僕を殺すか?!」

奥井は時任を後ろから抱き締めるかのように盾にしていた。

たとえ銃の名手であっても、奥井だけに銃弾を浴びせるのは容易ではない。

けれど・・、久保田に迷いはなかった。

久保田は無表情のまま、まっすぐと標的に眼を向け、構えた銃の撃鉄をおこす。

「甘いね、俺の弾が・・愛する人に当たるわけないっしょ?」

・・・時任に俺が殺せなかったように、

・・・俺に、時任が殺せるはずがない・・・。

そう確信するかのように・・・、目を細め・・、

そして、引き金を引いた。

 

 

ドン

たった一発放たれた銃弾は、時任の頬をかすめることさえなく・・・、

「がっ!!」

予言どおり、奥井の頭をぶちぬいたのだった。

奥井が時任を放しながら倒れると同時に久保田は駆け寄り、時任を抱きとめた。

「時任・・」

時任は意識を失っているようだった。

しっかりと閉じられた目じりは涙に濡れていた。

久保田はそんな時任を愛しそうに見つめると、

強く、強く・・抱きしめた。

やっと戻ってきた愛しいぬくもりを確かめるように・・・。

 

 


さようならアキラさん。思ったより早いご退場でした(汗)

続きますです・・

 

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