願い【13

 


 

「・・・・・う・・・ん・・・」

目を開けると・・、知らない天井があった。

ブラインドから覗く光が眩しい。

――どこだ・・ここ?

「うっ!・・・痛っっ!!」

起き上がろうとすると、ビリリと体中に激痛が走って一気に意識が覚める。

ゆっくりと上体を起こし、なんとか周りを見渡すとそこは至って普通の部屋で、俺は狭いベッドに寝かされていた。

俺は一体・・・?

その時、ドアをノックする音がして・・背の高い男が入ってきた。

「!」

「・・あれ、起きてる」

ノックの音に一瞬身構えたけれど、入ってきた男は緊張感のかけらもない間抜け面で、それでいて、とても穏やかに話しかけてきた。

「おはよ、具合はど?」

「・・・アンタ、誰だ?」

「・・・・・・」

「てか、俺・・・誰?」

俺はその男が誰なのかっていう以前に、自分がどこの誰なのかさえ思い出せなかった。

俺がそう言うと、そいつは細かった目をほんの少し大きくして俺を見つめていた。

「なぁ、あんた知ってんのか?俺のこと」

「・・うん、知ってるよ」

そいつはそう答えて、ほんの少し寂しそうに笑う。

「・・・・?」

その表情に、俺はなぜか胸がぎゅっと締め付けられた気がした。

どんなに考え込んでも、自分のことも何も分からなかったけれど、目の前の優しそうな笑顔は・・・、なぜかよく知ってる気がしたんだ。

「お前の名は『時任』、俺は・・『久保田』、よろしくね?」

久保田と名乗ったその男はそう言って、なんだか懐かしい顔で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

********************************

 

 

「申し訳ありません。全て、回収不可能でした」

武家屋敷を思わせる造りの広い屋敷、広い庭園に面した客間で男は深々と頭を下げた。

「研究に費やした莫大な資金と8年もの年月は全て無駄に終わったと・・?それも全てを任せていた奥井も逝ったとは・・。研究所から私に繋がるものは何一つないとはいえ、莫大な損失だな

「・・恐れながら・・。さすがは先生、貴方の息子さんですね。私も見事にやられましたよ。まぁ、こうして生きてはいますがね」

男が顔をあげて皮肉な笑みを浮かべると、先生と呼ばれた五十半ばの男が鋭い双眸を光らせた。

「真田君、何度も言わせないでもらえるかね?その男は私の息子などではないと。もしその男が・・、全てを台無しにした男が、私の息子だとしたら・・・、私が生かしているはずがあるまい?」

真田は生きていた。

頭に白い包帯を巻いている以外は、数週間前まで重傷だった様子のかけらもなく、薄い笑みを浮かべて苦笑していた。

「宗方先生らしいお言葉ですね。しかしWAに関しては、まだ手立てはあります」

余裕さえ見える真田の言葉に、初めて興味を持ったのか、宗方がピクリと反応を見せる。

「・・例の少年か・・」

「ええ、その男・・、久保田誠人の大事な飼い猫、WAの唯一の適合者であるその少年が全てを握っています。―――私が必ず手に入れましょう」

そう言う真田の眼が鋭さを帯びて、宗方は笑みを深くした。

「ふ・・、君は変わった男だ。あの男を気に入っているかと思っていたが」

「ええ、確かに良い男ですよ。天性の勝負師であり、何事にも物怖じせず度胸もある。自然と人を惹きつける不思議な魅力まで持ち合わせている。・・特にあの眼・・。昔の貴方にそっくりですよ」

「・・・・・」

「あのころはまさか、先生がWAに投資されているとは思いもしませんでしたが、

――ちょうど1年になりますか・・再会し、貴方の功績を聞かされたときは、年甲斐もなく運命というものを感じました。・・・お笑いになりますかね?

久保田君とあの少年がWAによって出会ったように、久保田君に興味を持った私がWAという楔で先生とお会いできたのですから」

真田の細められた眼光を真っ直ぐに受けていた宗方だが、ふいにその目を硝子越しの庭園へと向ける。

「運命・・か。なに、笑いはしない。私もよほどそれに翻弄されているらしい。望みもしない忌むべき命が、よもや今頃になって私の道を阻もうとするとは・・。運命とは実に皮肉なものだ。WAの鍵がその少年一人となった以上、あの男の存在を認めないわけにもいかないだろう」

余裕も笑みも見えない無表情なその眼で、宗方は何を思ったのか。その瞳には覇者たる光よりも、どこか久保田の深く暗い瞳を思わせるものを真田は感じ取っていた。

眼を背け知りたくもない己の汚点と弱さを、まるで真っ向から突きつけられるような、逃げだしたくなるような敗北感。

時任と出会ったことで、時任を想うことで知った久保田のあの”人間らしい感情”を持つ弱さを、この男に感じられるとは到底思えない。この男の冷酷さを知っている者が見れば、そんなものがあるはずがないというだろう。

しかし真田の眼には違った。

出会ったころから、この男は自分によく似ていると―――。それが欲目だったのかもしれないが、だからこそ宗方の理解者であると自分を信じていたのだ。

手に入れるべきものを探すために上へ上へと、沈み込むことなく上がってきた生き様。

それがようやくWAという手段を得て、男は全ての覇者となるべくしていた。

真田は眼を伏せたまま、ゆるりと微笑すると再び深く頭を下げた。

「申し訳ありません。先生の手を煩わせることはないかと・・」

「ふ・・。もちろん君をとても頼りにしているのだよ、君のところの会長よりも、よほどね」

そう言う宗方の眼に、さきほどの感慨はもう見えない。

政治家として裏の人間として数十年も上りつめておきながら精彩を欠かず、深く鋭い双眸には確固たる光が宿す、覇者たる男の眼であった。

真田はそんな男に、一瞬眩しげに眼を細め、そして再びその眼を鋭くした。

「今は警察の目もあり派手な動きはできませんが、ご安心を・・。必ず私が貴方の力になりましょう」

 


続きますが、次がラストです;

 

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