「―――時任がどこに行ったか教えてもらえる?」
久保田はそう言いながら、うずくまり意識の朦朧としている関谷の腹を蹴って仰向けにさせると、ウェーブがかった髪を引っ張り上げ、静かに見下ろした。
「・・・ぐ・・っ・」
時任が連れ去られた後、約束どおり久保田達は攻撃を受けることもなく、銃を持った男達は黒塗りの車に乗り込んで消えた。
久保田はしばらくヘリが見えなくなるまで空を見ていたが、時任を追うべく、まずは奥井の言うとおり関谷に居場所を聞いたというわけだ。
指を吹っ飛ばされた上、奥井からの銃撃にあった関谷にいつもの余裕はなく、服は大量の血にまみれ、誰が見ても重傷だと分かるものだった。
しかし久保田はそれを気にした風もなく、無表情に見下ろして質問を続けた。
「奥井って男に頼まれて時任を拘束していたんでしょ?ヤツ・・どこへ向かったか知ってる?」
「う・・・、・孤島の、け、研究所よ・・、くそ・・あの男・・ふざけやがってっ!
うちと手を組む代わりに・・WAを・・・流す・・と・・、・・奥井と真田に、ヤラレタってわけね・・ざまぁないわ」
関谷の話から、関谷はただ単に奥井に利用されただけのようだ。出雲と繋がりのある奥井は東条を捨て駒にしたらしい。いや、奥井にしてみれば出雲をも利用しているだけなのかもしれないが。
奥井の行先はWAの資料にあった例の研究所で間違いないようだった。
「もう一つ教えてくれる?獣化した遺体が出てるのは、アンタが関わってるの?先日急に出た何体もの遺体・・、それって何か意味あるわけ?」
「・・あれはただの生ゴミ・・。いらなく、・・なっただけ。・・あとは・・奥井に聞けば、分かるわ・・」
そして不敵な笑みを浮かべるとこう続けた。
「ふふ・・・こんなことなら・・久保田君、あんな猫ちゃんじゃ・・なく、貴方を連れてくれば・・良かったわ・・」
「・・・・そうかもね」
久保田は感情の読めない顔でそう答えると、眉間にあてた銃の引き金を、無造作に引いた。
とある孤島の南端、海に面した一角、岸壁に隠れるように聳え立った白い建物。
それは別荘やホテルというより、どこか病院や軍事基地のような無機質な感じを受ける。
屋上には小型のヘリが離着できるポートがあり、そこには今まさに到着したばかりのヘリが止まっていた。
奥井は白衣を纏い、その両腕に少年を大事そうに抱き抱え、長い廊下を歩いていた。無機質なコンクリートの造りからか、足音がコツコツと大きく響く。
部屋の入り口で背の高い男を見かけて微笑んだ。
「あれ、真田さん、こちらにいらっしゃってたんですか?さきほど貴方の部下たちを少しお借りしましたよ」
「ああ、構わないよ、奥井君。・・・おや?」
研究室から出てきた真田の目は、奥井の両腕で抱きかかえられて眠る少年を見て少し大きく開かれた。
「猫を拾ってきたのかね?」
その猫は黒髪にはっきりとした顔立ち、長い睫は影を落とし深く閉じられていた。
「ええ、貴方のおかげで早く見つかりました。でも拾ったというよりも、家出していた猫が戻ってきた、と言った方が正しいですよ」
「・・なるほど」
「ああ、それから真田さん、東条の関谷という男は始末しておきましたから。僕じゃなくて、久保田君が―、ですけどね」
そうクスリと笑うと、付け加えるように言った。
「さすが、あの方の息子ですね。ここにも、じきに追ってくると思います。そういえば、真田さんのお気に入りでしたよね。お相手、されますか?」
真田はフッと口端で笑った。
「せっかくだが、私は久保田君に嫌われていてね。君も知ってるだろう」
「貴方がそんな事で欲しいものを諦めるとは思えませんけどね?」
「もちろん、諦めるつもりはないよ。時には悠然と構えることも必要だろう」
二人の感情の読めない笑顔はまるで互いを探り合っているようでもあった。この二人が敵対しているほうがしっくりくるのかもしれない。はたから見れば二人は似たもの同志で、それはまるで狐と狸の化かしあいのようだ。
そんな関係でありながら二人が今手を組んでいるのはお互いの”願い”のためであり、その中に”ある男”の存在があることは確かだった。
プルルルル、プ・・
無精ひげを生やし、よれたトレンチをだらしなく着こなした男は、携帯にかかってきた相手の名を見て、素早く取った。連絡が取れずやきもきしていた、待ちわびた相手だったからだ。
『もしもし、葛西さん?』
「誠人!!今どこにいやがる!?お前っ、このWAの資料はどこから手に入れたんだ!?」
怒涛のごとくドスのきいた声でまくしたてるが、電話の相手は動じた様子もなく、のほほんと言ってのけた。
『あぁ、新木サンから受け取ってくれた?それけっこうイイネタだったっしょ?俺も一般市民らしく警察に協力しようと思ってね』
「お前が言うか?――だが、ガゼにしちゃあ、ネタも細かいな。すぐにでもこっちは動くだろうよ」
『うん、まぁ頑張ってよ』
「・・おい誠人、お前またヤベェことになってんじゃねぇだろうな?」
『はは、ご心配ドーモ。相変わらず鋭いねぇ』
「って笑いゴトじゃねぇだろっ!・・・時坊はどうした?まだ見つからねぇのか?」
『・・・葛西サン、俺最近気づいたんだけどさぁ・・』
「あ?」
『俺って・・やっぱ人間だったみたいだわ』
「・・・・誠人?」
いつもの飄々とした口調でありながら、どこか真剣な声に葛西は目を開く。
「誠人、お前・・」
『――ま、俺は大丈夫ですから、ご心配なく。じゃあまたね』
「おいっ誠・・・・ちっ!!あいつ切りやがったっ!!」
「葛西さん?どうしたんですか?」
署内で大声で怒鳴る葛西の声に怖々と新木が声をかけた。
「あいつ・・・笑っていやがった」
「?」
刑事の勘か、それとも血のつながりなのか、葛西の頭には嫌な予感が駆け巡っていた。
いつもと何かが違う久保田の様子に、胸をつかまれるような痛みを感じ取ったのだ。
「・・新木っ!例の研究所!すぐに調べろっ!!」
「はっはいっ!!」
「・・くそガキめ、心配しねぇわけがねぇだろうが・・」
途切れた電話の相手に届くわけもないが、葛西はぎりりと歯を噛みしめた。
”俺だったらよかったのに”
・・そうだね、時任でなく、俺だったら良かったのに。
時任を失うぐらいなら・・、俺が消えたほうがずっといいのにね。