滝沢が目を覚ますと見慣れない天井がそこにあった。
痛んだ頭を押さえて、そこに仰々しく包帯が巻いてあることに気づく。
「う・・・いてて・・」
「――ああ、良かった。目が覚めたようですね」
部屋の奥から現れた、長い黒髪の男が安心したように微笑んで言った。
「・・おたく・・どちら様?俺は一体・・・」
「私は久保田君の知人の情報屋とでも言っておきましょうか。貴方は時任君と一緒に、東条組の人達に拉致されていたんですよ」
中国人のような服を着たその男の言葉で滝沢は自分の怪我の理由を思い出す。
「―そうだ!トッキーは!?無事なのか!?」
滝沢は時任とWAの死体が上がったという現場へ向かう途中後ろから殴りつけられ、そのまま意識を失っていたため状況が読めずにいたのだが、久保田の知り合いであるというココに時任の姿が見当たらないことに顔色を変えた。
鵠は拉致された二人を久保田が助けに行ったこと、久保田に滝沢の治療を頼まれたこと、そして時任は久保田と滝沢を助ける為に自ら捕らわれていったこと全てを話して聞かせた。
「・・そっか・・、俺ってば、かなり足手まといだったみたいね・・」
滝沢はぎゅっと拳を握りしめ、悲しげに苦笑する。
「クボッチは・・今?」
「久保田君は・・今度こそ時任君を取り戻す為に、一人で行ってしまいました」
「そっか・・・、今度こそ俺も役に立ちたかったのにな・・・」
「それはやめておいて正解でしょう」
鵠の言葉に滝沢は顔を上げる。
「どして?」
「今の久保田君は、貴方まで殺してしまいかねませんから」
「・・・はは・・・そりゃ、笑いゴトじゃねぇなぁ」
鵠の言葉はあながち外れてもないことを滝沢は分かっていた。
「俺は・・裏切り者なんだよね」
「・・それは貴方が、拉致されることを知っていたからですか?」
「!・・なんで!・・・・っつーことはやっぱクボッチも気づいてた?」
「ええ、彼は何も言いませんでしたけど、恐らく」
「・・・俺の懺悔、聞いてくれる?」
滝沢は深くため息をつくと、苦笑いしながら一部始終を話し始めた。
数週間前、滝沢はWAの情報を追ってあるナガシに辿りついていた。
その話によると以前、出雲会の男がWAを手に入れてすぐに殺されたとのこと、しかもそれは出雲会の手によるものだという。
出雲会が何かしら深く関わっていると知った滝沢はそのシマの辺りをうろつき、情報を掴むチャンスを狙っていた。
そしてそのチャンスはすぐに訪れたのだった。
支部の事務所があるビルに、代行と呼ばれる真田が入っていくのを見て滝沢は意を決して事務所に忍びこんだ。
その支部は予め下調べしてあったため、難なくもぐりこめ、扉越しに聞き耳をたてていた。
その部屋には真田が一人だけらしく、誰かと電話で話す声が聞こえてきたのだ。
「俺、聞いちゃったんだよね、あの時は分かんなかったケド・・」
そこまで話すと滝沢は額に汗を浮かべ、真剣なカオで鵠を見た。
そしてその電話の内容に鵠は珍しく驚かされることになる。
『さすが、貴方が見込んだ才能ですね?先生』
『・・そうですか。いや私の取り越し苦労なら良いのですが、彼の望みは、ある少年なんですよ』
『ええ、そうです、貴方の息子さんが大事にしている少年です』
滝沢は真田が”先生”と呼ぶ相手と、何の会話をしているのか全く理解できなかったのだが、聞いてはいけない話しを聞いてしまったと、なぜか足が震えた。
「あの時は分からなかったけど、トッキーが連れ去られた今、真田が言う”少年”って・・・」
鵠は軽く目を閉じると全てを理解したかのように薄く微笑んだ。
「時任君のことでしょうね。そして”彼”とは時任君を連れ去った”奥井明良”という男」
滝沢は自分の考えが当たっていることに、やはり、と頷いた。そして同時に困惑の表情を浮かべた。
となると時任を大事にしている”息子”とは・・久保田ということになってしまう。
「それじゃ、電話の相手は・・・」
その会話によると、真田が繋がっていた”先生”と呼ばれる男は、久保田の”父親”に他ならない。鵠は裏の世界では名の知れた情報屋ということもあってか、久保田の父親の存在は既に知っていたが、久保田の前でそれを口にしたことはなかった。
「クボッチの親父さんって一体何者なワケ?」
鵠は滝沢にそれを教えることをためらうかのように目線を逸らすと夕日がもれる窓辺に足を向けた。「・・あんた情報屋なんだろ?買うから・・教えてもらえない?俺は・・あいつらに何かしてやりたい」
鵠はしばらく黙っていたが、振り向き滝沢の真剣な顔を見ると、うっすらと目を細めて微笑んだ。
「いいでしょう。口止めはされてませんし・・。
――久保田君は中学にあがるまで、実の父親の元で暮らしていました。親子といっても血の繋がりがあるくらいで、愛も情もないようですが・・、彼の父親の名は、”宗方誠治”・・」
「!!宗方誠治って、あのっ宗方代議士!?」
その名前に滝沢は目を剥いた。元新聞記者だからではない、その名は誰もが知っているほどの有名な名であった。
財界出身の代議士で時期総理大臣候補と言う声も高く、現在の日本を司ると言われるほどの絶大な権力を持った政治家だったのだ。
そして、その事実は現実をもっと複雑なものへと思わせた。
真田は宗方代議士と繋がりがあり、奥井という男は時任を手に入れようと真田と組んでいる。そして電話の内容から奥井は宗方代議士と面識があると思われた。
滝沢はそれらの関係を考えながら、真田の言葉を思い出していた。
それはあの時、真田の電話の声を盗み聞きした後のことだ。
『ここらでWAのことを嗅ぎまわっているそうだね?』
あの後、滝沢は真田の付き人である男に見つかり、真田の前に突き出されたのだ。
”――殺される!”そう恐怖に震えたが、真田の対応は思ったものとは違っていた。
真田は口端を吊り上げて笑うと、青ざめる滝沢にある資料を渡した。それはのちに時任に渡すことになる、あのWAの資料だった。
『・・真田、さんでしたよね、どういうコト?』
『この資料にある情報は本物だ。それを君にあげると言っているんだよ』
驚いたことに、真田は滝沢にWAの情報を自ら提供するという。滝沢は疑いの目で真田を見たが、その資料のあまりの詳細さに驚きを隠せなかった。
『そ、それで、俺に何をしろと?』
出雲会の代行に取引を持ちかけられていることを悟った滝沢は、冷静を装い笑みを作るがその顔は引きつっていた。
『何も。ただその資料を久保田君と彼の同居人に渡してくれればいいのだ。ああ、久保田君と私はちょっとした顔見知りでね。彼も、WAに興味があるのだよ。まぁ、彼は否定していたがね』
真田の話は、滝沢を生きて帰しその上WAの有力情報を与える。その代わり久保田と時任を呼び出せとのことだった。
そんなことをすれば二人の命が危ないと首を振るが、真田は久保田らを殺すつもりはないという。
この男の闇のような雰囲気には、それも信じられるような類ではないが、真田の事務所でヤクザに囲まれ資料を渡されたその状況では、取引どころではなかった。
もはや滝沢に返事を選ぶ権利はなかったのだ。