恋愛事情【3】
「はぁ?松本が久保ちゃんの写真を持ってた?」
橘とふたりきりの屋上で、時任は素っ頓狂な声を上げていた。それもそのはず、橘の恋愛相談とやらをしぶしぶ受けていた時任だが、どんな凄まじい悩みなのかと思いきや、松本と喧嘩をし、その理由が写真一枚によるものだという。
「あ、頭痛くなってきた。つまり、その写真を持ってたっつーことで、松本が久保ちゃんを好きなんじゃないか疑ったってことか?」
男同士の恋愛に、第3者まで男で、しかもその相手は相方の久保田である。時任は想像するだけで砂を吐きそうになった。
そんな様子に橘は小さく息を吐くと、時任にとって、とんでもない例え話をし始める。
「じゃあ、時任君。もしですよ、貴方が久保田君の恋人だとします」
「ちょっ、ちょっと待てなんつー例えだよ!」
思わず口を挟む時任だが、橘は当然のように気にした様子もない。まぁ、周りから見れば例えじゃなくとも驚きはしないのだが。
「まぁまぁ、もしですよ。その久保田君が別の女性と二人で写る写真を、大事そうに胸ポケットにしまっていたら・・・、どう思いますか?」
「・・・・・・・う・・」
男同士で恋人の仮定をするなと叫びたかった時任だったが、万事興味のなさそうなあの久保田が、好きな女性の写真を大事そうに・・・とあまりに現実とかけ離れた想像に時任の眉間にしわが寄る。
(そんな乙女チックな久保ちゃん、たとえ相手が巨乳でもありえねぇな・・)
しかしその問いをよく考えていると、胸にもやもやと黒いシミが広がった気がした。
つまり、嫌だと思ったのである。しかし仮定は男同士なのに女性を出した例えが違うのではと思い、別の・・たとえば松本と二人で写る写真を持ってたと仮定して・・と考えてみた。しかしそれでも、浮かび上がった答えは同じだったのである。
「うぅ・・、い、嫌かも・・しんねぇ・・」
相手が久保田だったからかと、今度は恋人役を変えて想像しようとしたが、そんなに豊かな妄想力を時任は備えていなかった。相手が久保田だからこそ容易に考えられたのだ。
「いい気はしないでしょう?仮定でもそうなんですから、事実恋人に想い人がいるとなると・・、結構辛いものなんですよ」
悲しげに言う橘だったが、時任はまだ納得いかないようだった。
「でもさっ、だからって松本の気持ちがそうだとは限らねぇだろ。松本だってそう言ってたんだろ?だったら信じてやったらいいじゃん」
「・・そうですね、相手が久保田君でなければ僕もそう思いますが。・・貴方はどうなんですか?」
時任は、橘の相談話しに乗っていたはずだが、さっきから自分が考えさせられてることに気づいていなかった。
意味が分からず目をパチクリさせている。
「へ・・?俺?」
「貴方は久保田君を好きなのだと思ってましたが?現に今、久保田君に好きな人がいたら嫌だとおっしゃったじゃないですか」
「そ、それは、嫌だと思ったけど・・。そーゆんじゃねぇよ。第一久保ちゃんも俺もノーマルだっつーの」
そこは頑なに主張する時任だが、確かに久保田に大切な人ができたらと考えると胸が苦しくなった。それは今まで久保田が女性に告白されるのを見たくなかったあの気持ちと良く似ていて・・。それが何なのか分からなくとも、もやもやとした不快感も胸を刺すような痛みも確かなものだった。
「久保田君はともかく、貴方は素質あると思いますよ。」
ふと降ってきた言葉に時任は目を丸くする。
そんな時任の様子を、橘は楽しそうにクスリと笑い、立ったまま屋上のフェンスに寄りかかっていた時任に近づいていく。
「は・・?そしつ?」
そして橘は時任に、自分の日の影が覆うほどに近寄ると、その瞳がキラリと光ったのだった。
「僕から見ても、十分過ぎるほど魅力的だということです」
時任は目を張るしかなかった。
「な・・、ちょっ、てめっ何するっ・・!」
橘は時任の両腕を頭上でうまくフェンスに絡ませ片手で封じると、腰を抱くように片手をまわした。驚いた時任は自由な足でとっさに膝蹴りを入れようとしたが、それより一瞬早く両足の間に橘の体が割り込み、それも封じられたのだった。
それも瞬きほどの素早さである。
橘が艶のある笑みを浮かべる。先ほどのしおらしい微笑みもどこへやら、時任曰く、“悪寒のするような黒い笑顔”だった。その悪魔は自分の自由を奪い、限りなく近寄っている。最悪の状況だった。
「てっ、てめぇ!!だましやがったなっ!」
怒り心頭の時任にも動じず、橘は楽しそうに微笑んだ。
「僕が悩んでいたのは本当ですよ。そして貴方が魅力的なのも本当です。・・時任君知ってますか?ノーマルかどうかは・・、やってみて分かることもあるんですよ?」
(や、やるって何をっ・・!!)
橘の言う意味を理解したいとも思わなかったが、時任は全身から発せられる警戒警報に従い、青くなって、もがきまくっていた。しかしどのように片手で時任の両腕を封じているのか、びくともしない。橘が武道の使い手だとは知っていたが、全力でも逃れられない強い力に、思わず冷や汗が流れる。
すると橘は時任の肩に顔を埋めたかと思うと、その首筋をぺろりと舐めた。
「っわ―――っ!!何すんだっっ!!ヤメロっ!!」
ぬるりと温かな濡れた感触に驚いて叫ぶと、砂どころか本当に吐きたい気分になったのだ。
(ほれ見ろっ!俺は男に組み敷かれる趣味はねぇっ!!)
青くなってそう叫ぼうとした時任だったが、
「はい、そこまで」
遠くから聞こえた声に時任と橘の動きがピタリと止まる。
割り込んだ声は、他でもない久保田だった。
いつからいたのか、屋上の入り口に立っている久保田が、寄り添う橘と時任を、いつもの細い目で見ていたのだ。
「くぼちゃんっ!助かったっ」
時任が天の助けとばかりに久保田を見ると、橘は時任を拘束したまま振り返る。
「無粋ですね。いつから覗き見してたんです?」
”邪魔するな”と言わんばかりの一言に久保田は苦笑した。
「たった今だけど。それよりこんな昼間っから堂々と浮気とはね。松本が悲しむんじゃない?あんたのこと信用してたみたいだけど?」
「橘っ!とにかく放せよっ!」
あえて松本の名を口にした久保田を橘はしばし考えるように見つめながら、時任に言われたとおりその手を離した。
自由になった手はフェンスの跡が赤く残っていた。
「痛っつ〜、橘っ、てめぇよくもっ!!」
時任は今にも殴りかかるような勢いで身構えるが、橘は特に気にもとめず背を向けて屋上の出口へと歩いていく。
「おいこらっ!逃げる気かっ!」
怒りの収まらない時任がその背に向かって怒鳴るが、橘は振り返ることなく軽く右手を挙げて見せ、
「時任君、相談乗ってくれてありがとうございました。」
と悪びれもせず言った。
出口にいた久保田とすれ違うように降りるとき、橘は口元に穏やかな笑みを浮かべると、久保田ではなく時任に向かって声を大きくした。
「やっと時任君も自分の気持ちに気づいたようですから、僕に感謝してもらいたいぐらいですね。さっきのキスはそれで帳消しということでお願いしますね」
と言い放ったのだ。久保田の目を見ながら、その表情を確かめるかのように・・。
・・大した神経の持ち主である。
「てってめーっ!何がき、キスだぁぁ!!ふざけんなぁぁ!!」
屋上どころか遠く離れた執行部にまで聞こえるような時任の怒声は、橘を喜ばせるだけだったのである。
終始黙って聞いていた久保田の瞳は、その穏やかな表情とは違い、鋭く光を帯びている。すれ違う直前、おそらく橘だけがその目に気づいているはずだった。橘はその視線をふっと微笑みで交わしその横を通り過ぎようとした。しかし背後から聞こえた声にはぴくりと反応を見せることになるのだ。
「次は、ないと思ってね?」
思わずぞくりと背筋が凍るほどの低い声だと思った。橘はその恐怖にも似た何かに、苦笑するかのようにさらに笑みを浮かべたのだった。
「肝に銘じておきます」
ただひとことだけ言い残して――。
次回へ続きます^^ やっぱり橘はドSです(汗)この後久保ちゃんは・・
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