“White
Lie”――ホワイトライ――
それは幸せになるためのウソ。
・・・そんなこと言ったって、ウソはウソだろ。
――そう思っていた。
ウソをついてもいい日があるのだと教えてくれたのは、久保ちゃんだった。
なんでもエイプリ―ルフ―ルという、年に一日だけ、それが認められる日だってさ。
なんだソレ、と思わずしかめっ面をする。
だってウソをつくヤツは好きじゃないし、信用ってのがナイ。そりゃ俺も小さなコトだったら、ついたりもするかもだけどさ―。世の中的にそんなモンが認められたら、誰も信じらんね―じゃねぇか。
そう言うと久保ちゃんは少し笑った。
「そ―ね。でもまぁ、イイ嘘ってのもあるんじゃない?例えば、嘘をつかれることで”知らぬ幸せ”とかさ」
「なんだそれ。俺だったらンな幸せいらね―」
「そ―お?」
「そう!何も知らされないコトが幸せなわけがね―だろ。どんなヤなことだって、俺は知りてぇよ」
「・・まぁ、お前らし―やね」
そんな会話を、ふと思い出していた。
『どんなウソでも、それはウソだから。』
正義を気取って、堂々と言ってた記憶の中の俺を、思い切り殴りとばしたいと思った。
――ウソに決まってる。
・・・だって。
全てがウソであってほしいと、苦しいほど願っていたから。
その日。
昼にバイトに出たきり、久保ちゃんが帰ってこなかった。携帯片手にソファでうとうとしながら、一人で待つ部屋。それは翌日になっても一向に変わらなかった。
いつもならもうとっくに、ただいま―って気の抜けた声が俺の出迎えを促してチャイム鳴らして・・・。
――こんなに遅いことなんて、あっただろうか?
時間が経つにつれ、どんどん大きくなっていく不安。
不意に気温が下がった気がして、毛布をかぶって寒気をやり過ごした。
そんなとき、電話が鳴った。待ちに待った携帯ではなく、家の電話の着信音。
「――久保ちゃん!?」
考えるより先にとっていた受話器から聞こえたのは、久保ちゃんの声ではなく・・。相手は少しの沈黙のあと、穏やかに名乗った。
「時任君、鵠です。」
「・・なんだ・・モグリ、久保ちゃんならいねぇ・・」
「――ええ、知っています。久保田君は今、病院にいますよ」
「っ、な、なんだよそれ!?病院って・・、――久保ちゃんになんかあったのか?」
「・・・怪我を負い、意識不明です」
――――ウソだ。
夢中で走って走って、派手に鳴り響く鼓動がうるさくて、それでも止まらずに心臓が悲鳴をあげるまで走り続けた。
『危険な状態です』
そんなの、ウソに決まってる。
いくら久保ちゃんの古い知り合いだからって、モグリみてぇな胡散臭いやつの言うことなんか、誰が信じられるかよ。
だから、きっとウソに決まってんだ。
・・・だって、その日は、ウソをついてもいい日だったから。
けれど、モグリに背を押されるまま、病室の扉をあけた瞬間、そんな望みも全て捨てざるをえなかった。
――久保ちゃんは、死んだように眠ってた。
チュ―ブやら点滴やらつけられて、青白い顔して。
眼鏡もしてなくて。
窓から差し込む明かりがやけに眩しくて、まるで光の中に消えちまいそうな久保ちゃんの姿。
いつも見ているはずの寝顔なのに、無機質な真っ白な空間で目を閉じる久保ちゃんが、他人のように遠くに思えた。
あと数歩近づけば、触れられる距離にいても。
足が張り付いたかのように扉の前で動けずにいる。
「なんで・・・・」
怪我なんて滅多にしね―くせに、傷こさえたってぜんぜん痛くね―顔してるくせに。
なんで、そんな死にそうなカオ・・・。
まるで、・・・まるで、このまま目を覚まさないみてぇな・・。
「昨夜のことでした。久保田君は何者かに捕らわれ、拷問をうけたようです。」
「ゴウモン・・?なんで・・、だれが・・なにを・・」
「例の薬に関することでしょう。出雲や東条、いえおそらくまた別の組織かもしれません。何かしら久保田君が情報を握っていると思ったのでしょうか。逃げ延びた久保田君はかなりの深手を負っていて、私が駆けつける前にここに運ばれたというわけです」
「っ・・・・、そ、れで久保ちゃんは?」
「幸運にも危険な状態は脱しました。意識が戻ればひとまず安心ですよ」
助かった・・、安心・・・
「・・・そ、っか・・」
小さく気が抜けて、息を吐くとようやく足が動いた。ベッド脇に近づいて、じっと青白いカオを見つめる。
”WAに関することで情報を聞き出そうと”
・・・・久保ちゃんがWAの何を知ってるってんだよ。
知りたくて俺らも探して探して、けれど結局、未だに何も見つけられないってのに。
知りもしねぇことを、吐けるか・・・・って。
そう考えて、はっと気づいた。
ああ、そっか。一つだけ、あるじゃねぇか。
たぶん他の誰も持っていない、圧倒的に有力なWAの”サンプル”。
膝の上でぎゅっと右手に力を入れる。長い爪が掌にくいこんでも、傷一つつかない、痛みすら感じない。
皮の手袋の下に隠れている、――獣の手。
これこそが、連中が躍起になっても手に入れたいWAに関する情報。
つまり、俺――だ。
それなら余計に、久保ちゃんが口を割るわけがない。
撃たれても、たとえ・・・、殺されたとしても。
「なぁ、久保ちゃん。痛かったか・・?」
答えのない問いをぽつり。
”まぁ、少しね”
青白い顔した久保ちゃんは、きっとそう言って優しく微笑むのだろう。