嘘【1】

 


White Lie”――ホワイトライ――

それは幸せになるためのウソ。



・・・そんなこと言ったって、ウソはウソだろ。

――そう思っていた。



ウソをついてもいい日があるのだと教えてくれたのは、久保ちゃんだった。

なんでもエイプリ―ルフ―ルという、年に一日だけ、それが認められる日だってさ。


なんだソレ、と思わずしかめっ面をする。

だってウソをつくヤツは好きじゃないし、信用ってのがナイ。そりゃ俺も小さなコトだったら、ついたりもするかもだけどさ―。世の中的にそんなモンが認められたら、誰も信じらんね―じゃねぇか。

そう言うと久保ちゃんは少し笑った。


「そ―ね。でもまぁ、イイ嘘ってのもあるんじゃない?例えば、嘘をつかれることで”知らぬ幸せ”とかさ」

「なんだそれ。俺だったらンな幸せいらね―」

「そ―お?」

「そう!何も知らされないコトが幸せなわけがね―だろ。どんなヤなことだって、俺は知りてぇよ」

「・・まぁ、お前らし―やね」


そんな会話を、ふと思い出していた。


『どんなウソでも、それはウソだから。』


正義を気取って、堂々と言ってた記憶の中の俺を、思い切り殴りとばしたいと思った。


――ウソに決まってる。


・・・だって。

全てがウソであってほしいと、苦しいほど願っていたから。





その日。

昼にバイトに出たきり、久保ちゃんが帰ってこなかった。携帯片手にソファでうとうとしながら、一人で待つ部屋。それは翌日になっても一向に変わらなかった。

いつもならもうとっくに、ただいま―って気の抜けた声が俺の出迎えを促してチャイム鳴らして・・・。


――こんなに遅いことなんて、あっただろうか?


時間が経つにつれ、どんどん大きくなっていく不安。

不意に気温が下がった気がして、毛布をかぶって寒気をやり過ごした。


そんなとき、電話が鳴った。待ちに待った携帯ではなく、家の電話の着信音。


「――久保ちゃん!?」


考えるより先にとっていた受話器から聞こえたのは、久保ちゃんの声ではなく・・。相手は少しの沈黙のあと、穏やかに名乗った。


「時任君、鵠です。」

「・・なんだ・・モグリ、久保ちゃんならいねぇ・・」

「――ええ、知っています。久保田君は今、病院にいますよ」

「っ、な、なんだよそれ!?病院って・・、――久保ちゃんになんかあったのか?」

「・・・怪我を負い、意識不明です」






――――ウソだ。



夢中で走って走って、派手に鳴り響く鼓動がうるさくて、それでも止まらずに心臓が悲鳴をあげるまで走り続けた。


『危険な状態です』


 

そんなの、ウソに決まってる。


いくら久保ちゃんの古い知り合いだからって、モグリみてぇな胡散臭いやつの言うことなんか、誰が信じられるかよ。

だから、きっとウソに決まってんだ。


・・・だって、その日は、ウソをついてもいい日だったから。


けれど、モグリに背を押されるまま、病室の扉をあけた瞬間、そんな望みも全て捨てざるをえなかった。


――久保ちゃんは、死んだように眠ってた。

チュ―ブやら点滴やらつけられて、青白い顔して。

眼鏡もしてなくて。


窓から差し込む明かりがやけに眩しくて、まるで光の中に消えちまいそうな久保ちゃんの姿。


いつも見ているはずの寝顔なのに、無機質な真っ白な空間で目を閉じる久保ちゃんが、他人のように遠くに思えた。


あと数歩近づけば、触れられる距離にいても。

足が張り付いたかのように扉の前で動けずにいる。


「なんで・・・・」


怪我なんて滅多にしね―くせに、傷こさえたってぜんぜん痛くね―顔してるくせに。


なんで、そんな死にそうなカオ・・・。

まるで、・・・まるで、このまま目を覚まさないみてぇな・・。


「昨夜のことでした。久保田君は何者かに捕らわれ、拷問をうけたようです。」

「ゴウモン・・?なんで・・、だれが・・なにを・・」

「例の薬に関することでしょう。出雲や東条、いえおそらくまた別の組織かもしれません。何かしら久保田君が情報を握っていると思ったのでしょうか。逃げ延びた久保田君はかなりの深手を負っていて、私が駆けつける前にここに運ばれたというわけです」

「っ・・・・、そ、れで久保ちゃんは?」

「幸運にも危険な状態は脱しました。意識が戻ればひとまず安心ですよ」


助かった・・、安心・・・


「・・・そ、っか・・」


小さく気が抜けて、息を吐くとようやく足が動いた。ベッド脇に近づいて、じっと青白いカオを見つめる。


WAに関することで情報を聞き出そうと”


・・・・久保ちゃんがWAの何を知ってるってんだよ。

知りたくて俺らも探して探して、けれど結局、未だに何も見つけられないってのに。

知りもしねぇことを、吐けるか・・・・って。

そう考えて、はっと気づいた。


ああ、そっか。一つだけ、あるじゃねぇか。

たぶん他の誰も持っていない、圧倒的に有力なWAの”サンプル”。


膝の上でぎゅっと右手に力を入れる。長い爪が掌にくいこんでも、傷一つつかない、痛みすら感じない。

皮の手袋の下に隠れている、――獣の手。

これこそが、連中が躍起になっても手に入れたいWAに関する情報。

つまり、俺――だ。


それなら余計に、久保ちゃんが口を割るわけがない。


撃たれても、たとえ・・・、殺されたとしても。


「なぁ、久保ちゃん。痛かったか・・?」


答えのない問いをぽつり。


”まぁ、少しね”


青白い顔した久保ちゃんは、きっとそう言って優しく微笑むのだろう。



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