目を開けると、ずっしりと体が重くなったように自由がきかず、妙にしんどくて、あれ、と首をひねった。
ぼやける視界では何も分からず、とりあえず眼鏡を探すべく腕を伸ばそうと動かして、体中に激痛が走る。
「・・・・、これはまた・・」
思った以上に掠れた声が喉を震わす。
どのくらい寝ていたのだろうか。
ぼんやりとした視界の中、見慣れない真っ白な壁とベッド。痛みと記憶を辿って、どうやら病院にいるらしいことを知る。
そうか、ヘマして捕まったんだっけ・・?
相手はしつこい奴らで、逃げ出すのも一苦労だったんだよねぇ。
・・・ああ、面倒だなぁ。
鵠さんを呼んだつもりが、倒れてるところを誰かに見られて救急車でも呼ばれたのだろうか。
事故で済むような怪我じゃないし、早めにずらかろうか。
「・・・っ・・と」
撃たれた傷を庇いながらなんとか上半身を起こしながらも、今度は無意識に手が煙草を探す。しかし血塗れたはずの衣類は身につけておらず、それもかなわなかった。
さてどうしたもんかと考えていると、軽いノックとともに部屋に人影が入ってきた。すぐそばまで寄られてようやく誰なのか気づく。
「お目覚めのようですね。煙草と眼鏡でしたらこちらにありますよ」
「あ―・・ど―も。・・鵠さん、俺どのくらいここに?」
「5日間ですよ。出血が多い割に、急所は外れていたようですね。それにしても奇跡的な回復です。」
「それはそれは・・、受け身もやってみるもんだね。・・それで、うちのコ知らない?」
「時任君でしたら・・」
「――久保ちゃんっ!?目ぇ覚めたのか!」
乱暴に開いた扉から、時任が勢いよくカオを出した。
その姿を確認して、ようやくほっと息を吐く。
同時に時任も安心したようにカオを輝かせている様子を見て、これは相当心配をかけたらしいと分かった。
いつもどおり出ていったきり帰らず、5日も目を覚まさないとなると、それもそうだろう。この怪我の状態じゃ一時は本当にヤバかったのかもしれない。
「時任、ごめんね、心配かけて」
「・・・・・・」
無言で首を振って笑みを見せる様子が、どこかいつもと違っていて、違和感を覚えた。
「・・・時任?」
「――久保ちゃん、あのさ、話があんだけど、・・いいか?」
思いがけない真剣な眼差しに、ざわりと胸が騒いだ。
・・なに?
何でお前、そんな苦しそうなカオしてるの?
鵠さんが部屋を出ても、時任は俺に近寄ろうとせず、扉を背に立ち尽くしていた。
何かを思い詰めるように、俯いて。
なんだかたどたどしい距離間は、初めて向かい合った時を不意に思い出させた。あのときのような警戒心はなくとも、――何かが、二人の間にあると感じた。
眉を寄せて、何かを思い悩むように、けれどどこか強い意志を思わせる横顔。
――俺はこの顔を知っている。
何かを決意した時の、まっすぐな時任の瞳。
何かを告げられる、そう確信しながらも、ぎゅっと胸に押し寄せるのは・・・、不安――?
俺はただ、辛抱強く時任の声を待つ。まるで、待てと、おあずけをくらった犬のように、滑稽なほど、忠実に。
「―――あのさ」
ようやくカオをあげた時任は思ったよりも明るく、そうして告げられた言葉に、俺は文字通り面食らった。
「俺、出ていくよ」
「・・・・・・・・?」
突然のコトに頭がついていかない。
俺が怪我して、目を覚ましたら出ていく・・?
・・何が、どうなって・・
「俺、実はさ・・。この右手のこと、何か思い出せる感じがするんだ。・・行かなきゃなんねぇところがあるってこと、思い出した。・・だから久保ちゃんには悪ぃけどさ、俺出ていくから。――つまり、そ―ゆ―ことだから。」
行かなきゃいけないところ・・?
記憶が突然戻ったとでも言うのだろうか、・・とてもそんな風には見えないけど。
それになんだかセッパつまったような強引な物言いは、明らかに本意が隠れているように見える。
心配かけたことを怒っているのだろうかと、確かめようとした俺の問いは、最後まで言葉にならなかった。
「とき・・」
「今までありがとな!久保ちゃん」
そう言って、時任が笑った。
すごく穏やかな優しい顔で。
そして、とても切なくなるような表情で。
目を覚ました俺を見るあのホッとしたようなカオと、笑顔を見せながら何かをこらえるようなカオ。
そんな時任の表情が全て、ぐっと胸を締め付ける。
体中に走る激痛よりも何よりも、苦しいほどに、深いところで・・。
俺はただ、言葉を失っていた。
背を見せる直前に向けられた時任の笑顔が、作りものとは思えないほど、・・・すごく、キレイだったから。
呼び止めることもできず、唖然としたまま。
一人になった病室で、ようやく呟いた言葉は、ひどく間抜けなものだった。
「ウソ・・・、じゃあないよね・・」
だって今日は、エイプリ―ルフ―ルじゃない。
それよりなにより
時任は、ウソをつかないから。