優しいkiss(前編)
「久保ちゃんって、母猫みたいなんだって」
「・・鵠さんがそう言ったの?」
「ん」
先日久保ちゃんの代わりにバイト代を受け取りに言ったとき、モグリがそんなこと言ってた。
「何で久保ちゃんは俺の面倒みてくれるんだろ」
ふとそんな疑問がよぎったんだ。
モグリが出してくれたお茶を飲みながら、その疑問を口にしてみたのが始まりだった。
「貴方にとって久保田君は、大黒柱でもあり、母親でもあるようですね。いえ、あなたの親なら母猫といったところでしょうか?」
モグリはいつものように怪しい笑みを浮かべてそう言った。
嫌味か、喧嘩を売ってるようにしか聞こえないセリフだったけど、事の始まりは俺が質問したことだったから、顔をしかめるに止めておいた。
モグリの答えは意味不明だったけど。
・・でもまぁ、母親っていうなら少し理解できることがある。
久保ちゃんは掃除洗濯はもちろん、ご飯だって作ってくれる(俺も少しは手伝うけどな)
それにイヤな夢を見て起きた時は、必ず手を握っててくれる。
何の夢か覚えてないんだけど、多分俺がうなされたりしてるんだろう。そんな時久保ちゃんは手を握って、俺がまた眠るまで傍にいてくれたりするんだ。
それっていうのが母親っポイっちゃー、ポイんじゃねぇか?と思う。
・・・でも、また違う疑問が頭をよぎった。
「なぁ、母親って子供を舐めたりするのか?」
「・・・」
俺の質問にモグリはめずらしく少し沈黙し、それから細くて長い指で少し落ちた眼鏡を直すと、にこりと笑って言った。
「母猫であればおそらく普通にあるでしょうね」
・・だから、俺らは猫じゃねぇ。
あのとき、関谷とかいうオカマ野郎にナイフを突きつけられたあの日。家に帰ると久保ちゃんは俺の手当をしてくれた。
首筋についた切り傷は深いものじゃなかったけど、久保ちゃんはじっとその傷を見つめて、そしてそこに顔を埋めた。その反動で、俺はそのまま久保ちゃんにくっつかれたまま、ソファに仰向けになった。
「・・久保ちゃん?」
温かい舌が俺の首筋を這って、俺は思わずぞくりとした。くすぐったいのと、なんか別な感じで・・。
そしてヒリヒリと痛みが走って、その傷口から覗いた血を、久保ちゃんが丹念に舐めとっているのを感じた。
「・・消毒」
ひとしきり舐めた後、久保ちゃんがイタズラっぽくそう言って、バンソーコを貼ってくれた。
あのとき、はじめに感じたひやりとした感じや、ジンジンとしびれる傷口とは違って、傷を追ってないはずの胸の中からドクドクと痛みに似た何かが俺の体に響いていた。
それがなんだったのか、分からないけど・・。
久保ちゃんのあれは、母親の愛情表現だってのか?
・・それならそれでいいんだけどさ。
だって見ず知らずの俺を拾って一緒に住むくらいだ。
あの大柄の穏やかな男にはそれこそ、その姿に似合わない母性本能でもあるんだろうか。
久保ちゃんの愛情表現はそれだけじゃない。
外歩くときもよく手をつなぎたがるし、こないだなんて俺の頬に付いてたパフェのクリームを、公衆の面前で舐めとりやがった。
「こんなとこで何すんだー!」って怒鳴ったら
「じゃあ家ならいいの?」ってのんきに聞きやがる。
そういう話じゃあねぇけど、外でされるくらいなら家の方がいいに決まってる。
そう言ってからは、何でか知らねぇけど、スキンシップも増えて、よくくっついてくるし、寝る前にはホッペにキスしてくる。おやすみのキスだそうだ。
何で久保ちゃんがそういうことするのか分からなかったから、思わずモグリに聞いちまったんだけど・・。
「時任君は、嫌なんですか?」
モグリの言葉に俺はハッとした。これがぜんぜん嫌じゃなかったからだ。
「・・嫌じゃねぇけど」
「ないけどなんです?」
「そういうのって、赤の他人にするもんじゃないと思ってたからさ」
「赤の他人なんですか?」
「いや、そうじゃなくてさ!親っつーなら、俺は家族のことなんて分からねぇから、・・納得するんだけどさ、久保ちゃんはただ俺を拾ってくれた人なわけで・・、そういうキスとか抱き合ったりとかはさ、特別な間柄じゃねぇと・・しないっつーか・・」
「なるほど、家族でもない、恋人同士でもない、ましてや男同士である久保田君に過度の愛情表現を受けることが疑問だということですね」
「・・お前が言うとなんだか、身も蓋もねぇな」
「そういうことでしょう?でも貴方は嫌がっていない。――だったらいいんじゃないですか?理由はどうあれ、久保田君が貴方を大事に思ってるには代わりありませんよ。もちろん親の愛情とは違って、一人の人間として、ですけどね」
「・・・・」
モグリとの会話はそれっきりだった。だって、そんなこと分かりきってるから。久保ちゃんが俺を大事に思ってくれてることなんて分かってる。
にしても何もかも分かってますっていう顔をしたこのモグリが気に入らなかったから、俺は認めるのも気が引けて、とりあえず不機嫌に顔をしかめるしかなかった。
中途半端なところですが;・・・後篇につづきます
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