事実はホラーよりも奇なり?【1】






「――幽霊、退治?」

 

「ええ」と優雅に微笑む長身の男を見上げて、執行部の紅一点――桂木は眉間にぐぐっと皺を寄せた。
どんなときでも微笑というポーカーフェイスを崩さないこの男は、荒磯高等学校の副会長を勤める人物、橘である。
そして眉目秀麗な副会長の隣にはいつものようにどっしりと執務机に向かって腰掛け、有能な右腕に説明を丸投げしては苦笑を浮かべる生徒会長の松本の姿があった。

 とある日の放課後のことである。部室に寄る前に緊急の呼び出しを受けた桂木は一人、この生徒会本部を訪れていた。
いったいどんな用件なのか。執行部きっての暴れん坊のせいで、何かと出費の多い部費を責められるのだろうか?もしくはまた厄介な任務でも依頼されるのか。
どちらにせよ楽しい話ではないだろうという桂木の不穏な予感はズバリ的中のようであった。
「お願いがあります」という前置きから始まった橘の説明に、桂木はその表情を怪訝なものへと変えていく。

 「桂木さんは我が校の七不思議をご存じですか?その一つに旧校舎に憑りついているという女性の霊の話があります」

 どこの学校にも恐らくあるだろう学校の七不思議。そんな非科学的な話を橘の口から聞けるとは珍しいと耳を傾けていた桂木だが、
「旧校舎に出るという幽霊を退治してほしい」という冗談としか思えない本題に、驚きを通り越して呆気にとられていた。

 「あの―、それ、本気で言ってます?」
「ええ。もちろん。僕、冗談は苦手ですので」

 微笑で頷かれ、桂木はひくりと頬をひきつらせた。

 旧校舎は老朽化が激しく、近日建て直しが予定されている。そしてその旧校舎で、最近続けざまに幽霊の目撃情報が寄せられているのだという。
それも暗闇にすすり泣く女性の姿が浮かんだり、不気味な男のうめき声が聞こえたりと、現象は様々らしい。
単なる幽霊騒ぎであれば生徒会としてはまともに取り合うつもりはなかったのだが、話を耳にしたこの学校の理事長から直々に調査依頼が来たらしく、
生徒会も頭を抱えているのだと説明した。

 「どうして理事長から?」

 生徒会としては絶対に断れない相手である。桂木が不思議に思って尋ねると、今度は松本が口を挟んだ。

 「理事長は意外と幼稚な――ある意味、信心深い方だ。建て直しをするにあたり、幽霊の呪いでも恐れたのだろうな」

 そう言って鼻で笑っているところをみると、どうやら松本としても不本意らしい。
が、いくら会長であってもやはり理事長からの依頼を断れるはずもなく、そのおはちは執行部へと回ってきたというわけなのだろう。
しかし面倒事を回された本人は、さらに不本意である。「冗っ談じゃないです!」と桂木は息巻いた。

 「無理無理、絶対無理!もし本当に幽霊がいたとして、そんな人外なものをどう退治しろっていうんですか?ちゃんとした霊媒師でも呼んだらどうですかっ。もちろんそちらの経費で!」

 憤慨する桂木に、橘は申し訳なさそうに眉尻を下げてみせた。――見せているだけ、ということはもちろん桂木も気づいているのだが。

 「我々もあたってはみたのですが、残念ながら生徒会の予算ではとても・・」
「だからってね、出来ることと出来ないことってもんが、」
「――そういえば桂木さん、確か先月の要望書に設備購入の希望を出されていましたね?」

 突然話を変える橘に桂木は「――は?」と怪訝に眉を寄せる。しかも橘のその表情はさきほどのへりくだりようとは一変して、晴れやかな笑顔だ。
こういう前置きには覚えがあった。そうしてこの食えない人物が提案してきたことは、十中八九、断ることが出来ないということも。

 「な、なによ、いきなり」

 橘は見る人が見れば妖艶とも称する微笑みを浮かべ、柔らかに告げたのだった。
―――無事退治してくださった暁には、その要望を前向きに検討いたしましょう、と。

 

 

「―――つまり、執行部に暖房器具を購入するという交換条件で、依頼を引き受けたわけですね?」

 ずずっと日本茶を啜りながら松原が的確に要点をまとめると、桂木は「まぁそういうことね」と頷いた。

 「なんか前もそんなことなかったか?」
「橘も心得たものだな」

 部室に集まっていた他の面々――相浦と室田は、は―っと大袈裟なため息をつき、一方でゲ―ム機に向かっていた時任は「はぁ?」と目をつり上げる。

 「なんであんな奴らの依頼なんか引き受けんだよっ」
「だってしょうがないでしょ!今年の冬は一段と冷えるのよっ、ずっとず―っとほしかったヒ―タ―が手には入るんだから!ダメ元で出した要望書が検討されるとなれば、引き受けない手はないわ!」

 そう。夏はクーラー。冬は暖房器具。私立校とはいえ部室にそんな設備があるはずもなく、今回はくるべき寒い冬に備えて希望を出していたのだ。

 「だいたい時任、あんたが悪いのよ。あたしが無い予算からコツコツと購入費を捻出してたってのに、あんたがその分毎日無駄に備品を破壊するもんだから、いっこうに貯まらないんじゃないっ。分かる?あんたには今回の任務を全うする義務があるのよ!」
「なっ、なんだよそれっ」

 ビシィと人差し指を突きつけられて、確かに見に覚えがある時任はぐっと言葉をつまらせた。この手の話しになると分が悪い。しかし黙っていてはこの厄介な話は確実に自分の身にふりかかることになるだろう。
時任はううっと唸りながら窓辺に座る相方へと助けを求めた。

 「幽霊退治なんか時間の無駄だよな、なぁ久保ちゃん」
「う―ん、まぁ、そうねぇ」

 のんびりと一人読書に耽っていた久保田は、軽く顔を上げて、どうでもいい相槌を打つ。
相変わらずこの男の周りだけ時間がゆっくり流れているようねと桂木は呟くが、彼女はそれよりも久保田が口端に銜えている煙草の灰の方が気になった。
先端の灰は長く積もり今にも落ちそうな状態だ。桂木が灰皿を探そうとするが、そこにちょうどいいタイミングで”灰皿係”が久保田に駆け寄っていく。

 「くっぼたせんぱぁいっ。灰皿洗っておきましたぁ、ささ、どーぞどーぞぉ」
「ん―、ども」

 久保田専用の灰皿係――藤原は、ぽっとり落とされた灰を見つめてなぜかうっとりと頬を染めている。相変わらずいつ見てもうっとおしい光景である。
こいつ、いたのか・・と時任は胡乱げな目で、話の矛先を藤原へ向けた。

 「おい補欠。おまえ暇だろ、お前が幽霊調査してこいよ」
「ええっ?イヤですよ!お断りしますっ。だいたいどうして時任先輩に命令されなくちゃならないんですかぁ?」
「あぁ?てめ―お荷物の補欠のくせに生意気言ってんじゃねぇよ。久保ちゃんにくっついてる暇があったら少しは仕事しろっ」

 あんただってゲ―ムしかしてないじゃないと、桂木は内心つっこみつつ口にはしない。不用意に機嫌を損ねて任務が全うできなければ困るのだ。

 「だっていやですよっ幽霊なんて!もし憑りつかれでもしたらどうするんですかぁ!」
「ば―か。幽霊なんかいるわけねぇだろ」
「そんなの分からないじゃないですかぁ!僕は行きません、ね、久保田先輩も行かないですよね!」
「う―ん・・まぁ、面倒っちゃ面倒だなぁ」
「ほらほら!先輩もこう言ってますし、ここは無駄に元気な時任先輩おひとりでど―ぞ!」
「はぁぁぁ!?てめぇいい度胸だな!」

 久保田を挟んでいつものように言い争いが始まり、桂木はこめかみを押さえてため息をつく。
毎度の喧嘩の中心には久保田がいるのだが、相変わらずこの細目の男はのんびりと自分の道をいっている。
ほかの面々は慣れた光景にスル―を決め込むが、腹筋をしながら「2049、2050回・・」と本当か嘘か分からない数を唱えていた室田が
ふと思い出したように動きを止めた。

 「そういえば旧校舎の幽霊といったらあれだな。――美女の幽霊」

 ピクリ。と反応したのは久保田と時任である。

 「美女?」
「ホントか、室田」

 二人のシンクロのような問いに室田はひとつ頷く。

 「ああ、七不思議の一つだろう。恋人と死別した美しい女が今でも夜な夜な泣きながらその男を捜しているとか。そうだったな、松原」
「ええ、僕も聞きました。なんでも戦時中、この学校は病院だったらしいですね。病気で入院していた女性が戦争に行ったまま行方しれずになった恋人を待って、今もなお彷徨っているという話デス」
「そういえば、生徒からの目撃情報にもあったらしいわ、ものすごい美人だったらしいわよ」
「それは確かか、桂木」
「ええ。まぁ、橘副会長情報だけど」

 桂木は時任の妙に緊迫した雰囲気に気圧されながらそう答える。
本当は女性の霊だけでなく、不気味な男のうめき声などの証言もあるのだが、いらぬ情報は伏せておくことにした。
その方が話が早いはずである。その証拠にいつの間にか部屋にいた面々の視線は、話の中心にいる二人へと注がれていた。

 「―――久保ちゃん」

 時任がやおら立ち上がり、久保田と視線を交わす。

 「美女が泣きながらねぇ?」

 考えるような顔をした久保田も、ふむ、と一つ頷いてゆっくりと腰を上げた。

 「どうやら俺たちの出番みたいだな、久保ちゃん」
「そうねぇ、迷子のお嬢さんを救い出すのも任務ってやつ?」
「あの――・・、久保田先輩?」

 突然の変わりように藤原が戸惑いの声をあげるが、それ以外のメンバ―の順応は早かった。

 「美女って言ったとたん急に張り切りだしたな」
「二人とも意外とフェミニストなんデスよね」

 室田と松原も視線を交わして立ち上がり、相浦は早速必要になりそうなものをネットで調べ始める。

 「そうと決まったらさっそく今夜決行よ。22時集合。各自必要なものを持参することっ」

 久保田と時任がやる気になれば、引き受けるのは決定なのだ。桂木は二人の気が変わらないうちにと高らかに指示を出すと、
ついでのように「あ、藤原、もちろんアンタもね」と付け加えた。

 「しょんなぁぁぁ〜っっ。僕はイヤですぅ、やめましょうよ!!」
「松原、武器は何にする?」
「木刀を持っていきます」
「懐中電灯は必須だなっ久保ちゃん」
「そうねぇ」
「私とりあえず近所のお寺にお札をもらいに言ってくるわ」

 一人蚊帳の外。ぷるぷると震えながら藤原の叫び声が響いた。

 

「――ぼ、僕は、絶対ぜ―ったい、行きませんからぁねっ!!」

 

 悲しいかな補欠の泣き言に耳を貸すような奇特な人物は、ここにはいないのである。

 

 


つづきます^^;

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