事実はホラーよりも奇なり?【2】
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そうして22時。
校舎に残っているのは警備員のみだった。あらかじめ教師に許可をとってあった為、警備員にも咎められることなく面々は予定通り旧校舎の前に集まっていた。
「まずは二組に分かれて見回り。何かあったらすぐに携帯で知らせること、いいわね」
皆一応制服のままであるが、室田と松原、相浦は武器として木刀を持参している。桂木は鋼鉄でできていると噂されるハリセンと悪霊退散と書かれた怪しげな札。
時任と久保田は素手であったが、全員が一つずつ懐中電灯を手にしていた。
「うるせ―よ、さっさと行けっての」
「ほら、いくぞ、藤原」
「こっちのが人数多いからいいだろって」
「いやですぅぅぅ、久保田せんぱぁぁぃ」
「ええ、合流ポイントに着いたら連絡してね」
2チ―ムに分かれての肝試し――もとい幽霊退治の始まりである。
校舎の明かりはつけていなかった。
単純に明るくしたら幽霊が出でこないかもしれないからだ。そのため、それぞれ手にした小さなライトだけでは心許ないほど校舎の中は真っ暗だった。
「マジで今にも何か出そうだよな・・、久保ちゃん、何かありそうか?」
「う―ん、今のところ異常なしかな」
木造の廊下は歩くたびにぎしぎしと軋み、古いせいかピシピシと亀裂が走るような音が四方から聞こえる。
時任はふと、前にテレビで見たなんとかという心霊現象
を思い出した。
確か、ラップ音とかいって、なにもないところからこんな音がすることを言っていたような気がする。
もしかするとこの音も自然現象ではなく、
心霊現象によるものなのだろうか。そう考えつくとゾクリと背筋に何かが走った。
ブルブルと首を振り気合いを入れると、教室の扉を照らして言った。
「そ、そうね」
昼間ではなんでもないはずの光景すら不気味に見えるから不思議だ。
なにか人外なものが今にもぬっと出てきそうだったが、これといって変化は見あたらなかった。
3人はぐるりと見回してから異常がないことを確認すると再び廊下を進み始める。
――――そうして次の教室まで移動しているときのことだった。
『・・・こと・・』
突然、久保田が足を止めて、背後を振り返った。
「どうしたんだ?久保ちゃん」
当然のごとく久保田の後ろには真っ暗な闇が広がるだけで、誰もいない。
そもそも久保田を名字でなく名前で呼ぶ人物は生徒会長の松本くらいしか思いつかない。しかしさきほど呼ばれた声は、女性の声だったというのだ。
「ね、ねぇそれって・・」
だから室田たちとは思えないし、こんな真っ暗な場所にほかの誰かがまだ残っていて、久保田を呼んだとも思えなかった。
「それにしては鮮明に聞こえたんだよね」
時任は少し考えてから久保田に尋ねる。
「声がしたのは多分、2階の方から」
「あ、そういえば2階の西側には使っていない資料室と化した古い教室がいくつかあったわ。確か、そこでも目撃情報があったって・・」
桂木の情報を聞きながら時任と久保田は顔を見合わせた。
「―――よし、2階行くか」
「そうねぇ、そっちのがてっとりばやいかも」
それらが一体何なのか不気味ではあるけれど、考えるよりも行動するべきだろうという時任の意見に異論を唱える者はいない。
そもそも出てくれないと退治のしようがないのだが、実際に目の当たりにするとは思わなかったのだろう。
時任は来た道を戻るために暗闇を照らす。そこは歩いてきた道だというのに、酷く不気味に思えた。
「行きはヨイヨイ、帰りは〜・・ってやつだぁね」
「もう・・、久保田君怖いこと言わないでよ」
深い闇に心もとない灯りがぼんやりと浮かぶ。バチバチとどこからともなく古い木を軋ませる音が鳴り、心なしかひんやりと冷たい風が吹き流れ、頬を撫でていった。
明らかに非日常的な空気だ。まるで得体の知れない”何か”が、自分達を手招きしているようなそんな気がして、時任はぶるりと背を震わせた。
「見て、天井!蜘蛛の巣だらけじゃない」
桂木の声にライトを上に上げてみれば、四隅にはキラキラと蜘蛛の巣が見える。
天井が高いため引っかかることはないだろうが、見ていて気持ちのいいものではなかった。
久保田の返事がない。不思議に思って視線を前に戻してみても、なぜかそこに久保田の姿がないのだ。
たった今まであったはずの広い背中が突然視界から消えてしまっている。
何かの冗談かと思うほど唐突なことに、時任は驚いて周囲にライトを振り回した。
「な、なに、どうしたの?」
しかし桂木に説明する間もなく、今度は視界が真っ暗になった。
「きゃあっ!?」
「桂木っ、どうした!?大丈夫かっ」
「い、いたたっ・・、へ、平気よちょっと転んだだけ」
灯りに慣れた目のせいか酷く視界は悪いが、桂木の姿はすぐに見つけられた。久保田のように消えてしまったわけではなく、時任はとりあえずホッと息を吐く。
桂木は腰を抜かして床にへたり込みながら、乱暴に懐中電灯を叩いた。
「こっちもだめだ。壊れたみたいだ」
あり得ない現象が起こり、暗闇に飲まれてはパニックになりそうだったが、時任は長く息を吐いてから慎重に周囲を見回した。
やはり久保田の姿がない。ついさっきまで目の前にいたはずなのに、久保田の気配を感じられない。
「・・・くそっ・・、なんでだよ・・っ」
真っ暗な闇は深く、まるでどこか別世界にでも連れ去られてしまったのではないかと、そんな不安に駆られてしまう。
どくどくと鳴る鼓動を感じながら、時任はキっと見えない先を睨んだ。
「わ、わかったわ」
「分かんね・・。けど、探すしかねぇな」
帰ってこないのなら、迎えに行くだけだ。
時任は見えない敵を睨むようにして、暗闇に足を進めた。