事実はホラーよりも奇なり?【2】





***

 

 

そうして22時。
校舎に残っているのは警備員のみだった。あらかじめ教師に許可をとってあった為、警備員にも咎められることなく面々は予定通り旧校舎の前に集まっていた。

「まずは二組に分かれて見回り。何かあったらすぐに携帯で知らせること、いいわね」

皆一応制服のままであるが、室田と松原、相浦は武器として木刀を持参している。桂木は鋼鉄でできていると噂されるハリセンと悪霊退散と書かれた怪しげな札。
時任と久保田は素手であったが、全員が一つずつ懐中電灯を手にしていた。

 「ちょっと藤原、アンタはそっちよ」

 結局久保田と夜の学校で会えるというおいしいシチュエ―ションに誘われてやってきた藤原は、室田・松原・相浦チ―ムに振り分けられて涙を流していた。

 「久保田しぇぇんばああ――いっ。ボク、怖いですっっ」
「うるせ―よ、さっさと行けっての」
「ほら、いくぞ、藤原」
「こっちのが人数多いからいいだろって」
「いやですぅぅぅ、久保田せんぱぁぁぃ」

 時任がうっとおしいと背中を蹴りあげると、室田達は仕方がないと言った風に藤原を引きずっていくのだった。

 「じゃ、桂木、行ってくる」
「ええ、合流ポイントに着いたら連絡してね」

 旧校舎の東側入り口へ向かう室田チ―ムと別れ、残るチ―ムの久保田・時任・桂木は西側入り口へと向かった。
2チ―ムに分かれての肝試し――もとい幽霊退治の始まりである。

 

校舎の明かりはつけていなかった。
単純に明るくしたら幽霊が出でこないかもしれないからだ。そのため、それぞれ手にした小さなライトだけでは心許ないほど校舎の中は真っ暗だった。

 一番前を時任、真ん中を桂木、最後尾に久保田がついて歩く。暖房器具がかかっているとあって張り切っていた桂木だったが、老朽化した夜の校舎という、いかにもな場所にさすがに及び腰になっている。おっかなびっくりと周囲を窺いながら歩いていた。

 「それにしても・・、やっぱり夜の学校って不気味ね」
「マジで今にも何か出そうだよな・・、久保ちゃん、何かありそうか?」
「う―ん、今のところ異常なしかな」

 緊張感の滲む桂木の声とは対照的に、いつもののほほんとした久保田の声が響く。時任はそれに安心しながら、見えない先を見やった。

木造の廊下は歩くたびにぎしぎしと軋み、古いせいかピシピシと亀裂が走るような音が四方から聞こえる。
時任はふと、前にテレビで見たなんとかという心霊現象 を思い出した。
確か、ラップ音とかいって、なにもないところからこんな音がすることを言っていたような気がする。
もしかするとこの音も自然現象ではなく、 心霊現象によるものなのだろうか。そう考えつくとゾクリと背筋に何かが走った。

しかし立ち止まるわけにはいかない。幽霊退治という公務なのだからいちいちビビってなどいられないのだ。
ブルブルと首を振り気合いを入れると、教室の扉を照らして言った。

「一応全部見ていくか」
「そ、そうね」

 とりあえず身近な教室を一つ覗く。しんと静まり返った部屋はやはり閑散としている。3人分の明かりで室内を照らすとぼんやりと机や黒板が浮かんだ。
昼間ではなんでもないはずの光景すら不気味に見えるから不思議だ。
なにか人外なものが今にもぬっと出てきそうだったが、これといって変化は見あたらなかった。
3人はぐるりと見回してから異常がないことを確認すると再び廊下を進み始める。

 
――――そうして次の教室まで移動しているときのことだった。

 

 

 
『・・・こと・・』

 

 

 

 「―――はい?」

 

突然、久保田が足を止めて、背後を振り返った。

「どうしたんだ?久保ちゃん」

足を止めた久保田に気づいた時任が桂木とともに戻ってくる。久保田は不思議そうな顔で背後を照らしていた。

 「ん―、今誰かに呼ばれた気がするんだけど。”まこと”って。聞こえなかった?」

 いや、と首を振る時任と桂木に久保田は首を傾げた。
当然のごとく久保田の後ろには真っ暗な闇が広がるだけで、誰もいない。
そもそも久保田を名字でなく名前で呼ぶ人物は生徒会長の松本くらいしか思いつかない。しかしさきほど呼ばれた声は、女性の声だったというのだ。

「女?」
「ね、ねぇそれって・・」

 桂木が顔色を変える。東側から調査しているはずの室田チ―ムの気配はまだない。声どころか物音も聞こえない。
だから室田たちとは思えないし、こんな真っ暗な場所にほかの誰かがまだ残っていて、久保田を呼んだとも思えなかった。

 「き、気のせいじゃないの?」
「それにしては鮮明に聞こえたんだよね」

 ふむ、と立ち止まって久保田が腕を組む。懐中電灯で互いの姿を照らしながら、三人は黙り込んだ。
時任は少し考えてから久保田に尋ねる。

「久保ちゃん、後ろって、どのあたりから聞こえたんだ?」
「声がしたのは多分、2階の方から」
「あ、そういえば2階の西側には使っていない資料室と化した古い教室がいくつかあったわ。確か、そこでも目撃情報があったって・・」

桂木の情報を聞きながら時任と久保田は顔を見合わせた。

「―――よし、2階行くか」
「そうねぇ、そっちのがてっとりばやいかも」

 そこには間違いなく、何かがいる。久保田の名前を呼ぶ女の声と、目撃情報。
それらが一体何なのか不気味ではあるけれど、考えるよりも行動するべきだろうという時任の意見に異論を唱える者はいない。

 「――ああ、どうしよう。本当に出たら」

これ本当に効くのかしら、と手にしたお札を桂木は握りしめている。
そもそも出てくれないと退治のしようがないのだが、実際に目の当たりにするとは思わなかったのだろう。

「とりあえず階段まで戻るか」

時任は来た道を戻るために暗闇を照らす。そこは歩いてきた道だというのに、酷く不気味に思えた。

「行きはヨイヨイ、帰りは〜・・ってやつだぁね」
「もう・・、久保田君怖いこと言わないでよ」

深い闇に心もとない灯りがぼんやりと浮かぶ。バチバチとどこからともなく古い木を軋ませる音が鳴り、心なしかひんやりと冷たい風が吹き流れ、頬を撫でていった。
明らかに非日常的な空気だ。まるで得体の知れない”何か”が、自分達を手招きしているようなそんな気がして、時任はぶるりと背を震わせた。


 今度は久保田が先頭に立つ形で入口付近まで戻り、さっきは素通りした階段へと足を進め、2階へと上っていく。

「うへ―ずいぶんボロイな」
「見て、天井!蜘蛛の巣だらけじゃない」

木製の階段も2階も酷く老朽化している。西側の教室は今ではほとんど使っていない為、清掃状態も悪いようだ。
桂木の声にライトを上に上げてみれば、四隅にはキラキラと蜘蛛の巣が見える。
天井が高いため引っかかることはないだろうが、見ていて気持ちのいいものではなかった。

 「なぁ久保ちゃん、さっき言ってたのってこっちか?」

そうして階段を上りきり、ぎしぎしと足下を軋ませながら目的の教室へ向かっているときだった。

 「・・・あれ・・?」

久保田に話しかけていた時任が戸惑いの声をあげた。
久保田の返事がない。不思議に思って視線を前に戻してみても、なぜかそこに久保田の姿がないのだ。
たった今まであったはずの広い背中が突然視界から消えてしまっている。
何かの冗談かと思うほど唐突なことに、時任は驚いて周囲にライトを振り回した。

「くっ、久保ちゃん?どこだ!?」
「な、なに、どうしたの?」

 桂木も異変に気づき声を上げる。
しかし桂木に説明する間もなく、今度は視界が真っ暗になった。

「なっ・・・?」
「きゃあっ!?」

 二人が手にしていたはずのライトの灯りが、どういうわけか同時に消えてしまったのだ。

「なんで消えて、」
「な、何っ、何がどうなってるのっ?−−きゃっ!」

ガタンと物音がして、ゴロゴロと懐中電灯が床を転がるような音がする。

「桂木っ、どうした!?大丈夫かっ」
「い、いたたっ・・、へ、平気よちょっと転んだだけ」

灯りに慣れた目のせいか酷く視界は悪いが、桂木の姿はすぐに見つけられた。久保田のように消えてしまったわけではなく、時任はとりあえずホッと息を吐く。
桂木は腰を抜かして床にへたり込みながら、乱暴に懐中電灯を叩いた。

「どうして点かないのよ!」
「こっちもだめだ。壊れたみたいだ」

 懐中電灯は二つとも使いものにならなくなっていた。さっきまで使っていたものが同時に壊れるとは、普通なら考えにくい。
あり得ない現象が起こり、暗闇に飲まれてはパニックになりそうだったが、時任は長く息を吐いてから慎重に周囲を見回した。

 「――久保ちゃん、どこだ?」

 シンと静まり返った暗闇に、時任の声が響く。
やはり久保田の姿がない。ついさっきまで目の前にいたはずなのに、久保田の気配を感じられない。

「・・・くそっ・・、なんでだよ・・っ」

それが一番恐ろしかった。
真っ暗な闇は深く、まるでどこか別世界にでも連れ去られてしまったのではないかと、そんな不安に駆られてしまう。
どくどくと鳴る鼓動を感じながら、時任はキっと見えない先を睨んだ。

「桂木、携帯の明かりをつけて、照らしてくれ」
「わ、わかったわ」

 桂木が慌てて携帯を取り出す。それすら点かなかったらどうしようかと思ったが、ライトはちゃんと点いた。

「時任、久保田君は一体どこにいったのかしら?」
「分かんね・・。けど、探すしかねぇな」

 近くに気配はない。けれど神隠しじゃあるまいし、人が消えてしまうなどあるはずがないと自分を奮い立たせる。

 「久保ちゃんは絶対いる。俺が探すから大丈夫だ」

久保田がいなくなったのなら、探せばいい。
帰ってこないのなら、迎えに行くだけだ。

時任は見えない敵を睨むようにして、暗闇に足を進めた。


 

 



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