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事実はホラーよりも奇なり?【3】






携帯の明かりを頼りに周囲に目を凝らす。するとすぐ近くに古い扉があることに気づいた。

「ここは、教室か?」
「何かしら・・?窓もないし中が見えないわね、資料室か何かかも・・」

とりあえずその扉を開けようと手をかけたが、力を入れてもなかなか開かない。
引き戸であったが、扉が固いというよりも鍵がかかっているかのようだった。

 「―――ここだ」

通常、どの教室も鍵などかかってない。時任は直観で確信していた。
この扉の向こうに久保田がいる、と。
そう思うと居ても立っても居られなかった。時任は開かない扉を力任せに叩いた。

 「久保ちゃん!いるのかっ、久保ちゃん!」

 久保田の名前を叫びながら激しく扉を叩く。
すると
扉の向こうから「・・アイタタ・・」と、のんびりした久保田の声が確かに聞こえた。

「久保ちゃん!」
「・・んー?あれ、時任・・?」
「よかった、久保ちゃん!今開けるからっ!」
「さっき誰か膝かっくんした?思いっきり誰かに押されたような・・・、―--あ。」

時任はほっとして頬を緩める。やはりここにいたのだ。だいたいそんなに突然人が消えてしまうはずがない。
しかしそれにしても、一体どういうことなのだろう。
どうやら久保田は誰かに押されて、この部屋に入り込んでしまったようだった。しかし真後ろにいたのは時任であるし、ぶつかった覚えはない。
それに一体誰が扉を閉め鍵をかけたというのだろうか・・?

まるで、目に見えない何かに、この教室に引きずり込まれたようだと思った。
灯りが消えた現象といい、それらが単なる偶発的なものとは考えられない。

「無理だわ時任、鍵がかかってる。警備員に言って・・」
「そんなの待ってられるかっ」

一刻も早く久保田の無事を確認したい。このまま一人にしてしまったら、久保田は本当に消えてしまうかもしれない。そんな不安に駆られて、時任は数歩扉から距離を取る。
こうなったら実力行使だ。

 「久保ちゃん、離れてろよっ」

迷いなく叫ぶと、時任は思い切りその古い扉に体当たりした。
老朽した古い引き戸だった為か扉は簡単に吹っ飛び、時任は軽い衝撃をやりすごしながら部屋に転がり入った。

 

 
「久保ちゃん大丈――」

慌てて身を起こした時任の声は不自然に途切れた。

「・・・時任」

真っ暗なはずの室内は、なぜかぼんやりと明るかった。
桂木が灯す携帯の光りとは違い、淡く青白い明かりが部屋の中心でほのめいている。

そしてその明かりの中心に、久保田はいた。

 「―――く、久保ちゃん!?」

 時任が目にしたのは、床に押し倒されたように座り込んだ久保田の姿だった。
そしてその久保田を押し倒しているのは、この世のものとは思えない美しい女性。
――いや、この世の者ではない、女性だ。

 「久保田君!ひっ・・、ゆ、ゆ、・・幽霊っ・・!?」

 戸口で様子に気付いた桂木が悲鳴をあげると、久保田は幽霊に抱きつかれたままの状態で「うーん?そうみたい」といつものように答えている。

「お、落ち着いてる場合じゃないわよっ、ちょっとは驚きなさいっ!」
「結構これでも驚いてるんだけどなぁ・・」

真っ青な顔で叫ぶ桂木と、相変わらずのほほんとした久保田。その一方で、時任は絶句して目を見開いていた。

色の白い肌に、真っ直ぐな長い黒髪。
華奢な女性の姿は、誰が見ても美しい女性だった。
しかし、白いワンピ―スからのぞく脚はじんわりと向こう側が透けて見える。
両足はあるものの、若干床から浮いてるようにも見えて、間違いなく生きている人間ではないと分かった。
美しい幽霊は時任の存在にも構わず、久保田の首に抱きつきうっとりと微笑んでいた。

 

『まこと・・』

 
幽霊の囁きが鈴のように軽やかに脳に響く。美しい声だった。そしてその呼び方から、さきほど久保田を呼んだのはこの声だったのだと時任は思った。
その声が次に告げた。

 
『まこと、抱いて。もう一度、あなたに抱かれたいの・・』

 
青くなって震えていた桂木の息を飲む気配がする。時任も驚きにあんぐりと口を開き、呆然と二人を見つめた。

 「・・えっと、”もう一度”って?」

 幽霊に抱きつかれたまま、久保田はぽりぽりとこめかみを掻きながら首を傾げている。
人外なるものを目の前にしてこの落ち着きようは凄いが、時任はそれよりも幽霊の言葉の方が百倍気になった。

 「・・く、久保ちゃん、まさか幽霊にまで手を出してたのか・・?」

 時任は信じられないといった表情で相方を見やった。
この親しげな呼び方といい、親密そうな様子といい。久保田が女性にモテることは周知の事実だが、
まさか本当にこの世のものではないものにも手を出していたのだろうか。
そんな、と本気で愕然とする時任の背後から「そんなわけあるかっ」と桂木が声にならない叫び声をあげていたが、時任には聞こえていない。

 「いや―、さすがに幽霊とは経験ないんだけど」

久保田はこの異様な状態でのんびりと答えた。

だったらどうしてそんなに女性と密着しているのか。
ぐぐっと時任の眉根が寄る。

だいたい久保田はいつもそうだ。誰かに言い寄られても受け入れることもなければ、きっぱりと拒絶することもない。
基本的に誰が自分に好意を寄せていようと気にしていないのだろうが、そういうあやふやな態度はどうかと時任は思う。
べったりとくっつく女性は確かに透けているというのに、時任には幽霊というよりも、ただ”久保田に好意を寄せる女”に見えてきた。

 「じゃあ、幽霊じゃなかったらあるのかよ?」

 胸がもやもやとして、浮かんだ疑問をついポロっと口にすると、久保田は細目を何度か瞬いて首を傾げた。

 「・・なに時任。それ、聞きたいの?」
「―――べっ、べ、別に!俺は聞きたいってわけじゃ、」
「知りたいんでしょ?俺の女性関係」
「・・・そ、それは」

意地悪くけれどどこか甘い雰囲気で久保田が尋ねると、時任はカッと頬を赤く染めて恥じらうように俯く。
異様な状況の中唐突に漂いだしたピンク色のオ―ラに、青くなっていた桂木もつっこまずに入られない。

 「二人ともっ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ!」

幽霊という存在を無視できる神経は尊敬するが、今はそれどころじゃない。
だってよくある心霊現象でいえば。

 「このままじゃ久保田君、憑りつかれちゃうわよっ!」

ということなのだ。
桂木のカツに、時任はようやくハッと気を取り直した。

 「そんなこと言っても、どうすりゃいいんだよっ」
「分からないわよっ。――あっ、そうだわ!お札っ」

 持参した札は近くの神社で分けてもらったものだ。悪霊退散には御利益があるとかないとか。
この際神頼みだと桂木は札を時任に渡した。

「―――おい、そこの女!久保ちゃんに触るな!離れろよっっ!」

 普通そこは「悪霊退散!」だの「成仏しろ」だの言うところだとは思うが、この際なんでもいいと桂木は手を合わせる。
とにかく二人を引き離したかった時任は勢いよくビシィと札を突きつけた。
しかし、いくら札を突きつけてみても幽霊に向けて投げつけてみても、実態のないモノにあたるわけもなく、幽霊にはなんの変化もなかった。

 「・・・き、効かないじゃないっ!」

これでは退治のしようがないと、桂木はがっくりと両手を地面につく。霊媒者じゃあるまいし、頼みの綱の札が効かないのであれば、もうどうしようもない。

「どうするのよ~っ!」
「そんなこと言っても知るかよっ、つーかっ、早く離れろって言ってんだろ!」

そのとき、ようやく騒ぎに気付いたのか、久保田にばかり向けられていた女の瞳が、ちらりと時任へと移る。
長い睫から流れるような眼差しに、桂木がひっと息をのんだ。

 

『貴方は誰?まことは、私の恋人よ。ようやく逢えたのに、どうして離そうとするの・・?』


「恋人!?やっぱりっ、久保ちゃん、そうなのかっ?」
「え―、覚えないんだってば」

 ええいこのバカっぷる!――もといバカコンビ!今はそれどころじゃないんだと桂木は叫びたい。

 「だから違うって、時任!この幽霊の勘違いよっ」

あまり話をややこしくしないでほしい。おそらくこの幽霊が”まこと”と呼んでいる人は久保田ではないのだから。

 「勘違い?」
「ええ。多分、この人の恋人の名前が久保田君と同じなんじゃないかしら」

そうでないと説明がつかない。七不思議と言われる女性は戦時中に亡くなっていて、その恋人もすでに亡くなっているらしいのだ。
久保田に接点はないはずである。

 

『勘違いじゃないわ、この人は私のまことよ。だって、私に応えてくれたわ』

 
桂木の言葉に彼女は顔を悲しげに歪める。

 「ええっと、応えたって、・・俺が?」

『ええ』

幽霊とはいえ美女に縋るように見つめられ、久保田は記憶を辿るように視線を浮遊させた。

 「・・あ―、もしかして。さっき呼ばれた気がして、俺が返事しちゃったせい?」
「―――それよっ!」

つまり、恋人の名前を呼んで返事をした久保田を、恋人だと勘違いしているというのだ。
偶然同じ名前で、外見も恋人に似ているのだろうか。彼女は愛しげな顔で久保田を見つめていた。

 

「―――くぅぼたせんぱぁぁいっっ、どっこですかぁ?」

そのとき、遠くから聞き覚えのある情けない声がした。
騒ぎを聞きつけたのか、バタバタと駆けてきたのは室田たちだった。
入り口の柱に縋りついていた桂木が、待ちに待った援軍に喜びの声をあげる。

「室田君、松原君っ、相浦君!」
「桂木、何があった?―――久保田!?」
「久保田先輩っ!ぎゃっ、なんなんですか、この女ぁ!ゆ、幽霊っ!?」
oh!本当にビュ―ティフルな幽霊ですね!」
「うわ、マジかよっ」
「先輩から離れてくださいよ!悪霊~っ!」

 一気に人口密度が増して、ぎゃ―ぎゃ―騒ぐ藤原等は騒々しい。
しかし女は再び何も見えなかったかのように久保田に視線を戻して、うっとりと微笑んでいた。

 

『まこと・・、貴方は私のまことだわ・・』

 

そうして愛の言葉を囁き艶やかに笑うと、ゆっくりと唇を寄せていった。

 「・・あ」
「ぎゃ―――っ!」

 藤原が悲鳴を上げ、相浦と桂木は絶句する。室田はあんぐりと口を開いてなぜか松原を目隠しするように後ろから手を回した。

 時任は目を見開いて二人を凝視していた。
逃げられないのか動けないのか、それとも動きたくないのか。後者はないと信じたいところだが、女との距離はみるみる縮んでいく。
女の唇が久保田のそれにあと数センチで触れるというとき

 

「――待って!」

 

咄嗟に叫んだのは桂木だった。

 
「そこにいるマコトは貴方の恋人じゃないわ!だって、


―――だってその久保田君はホモなのよ!」

 



 「・・・・・・・へ?」

 

ビシリ、と空気に亀裂が入ったような気がする。
一斉にして時が止まった。

まるで一時停止画面のように、室田も松原も、幽霊すら目を見開いて静止している。

 
「・・お、おい、桂木なに言って」

 ひくりと顔をひきつらせて振り返る時任に、桂木は「しっ!」と人差し指を立てた。

 「―――久保田君は男の人しか愛せない人。だから貴方の恋人じゃないわ」

固まる空気の中、桂木だけは確かに手応えを感じて、声を強くした。
さすがに土壇場に強い紅一点である。先ほどまでの怯えもどこへやらだ。
そしてその渾身の一喝は、本当に幽霊の耳にも届いているようだった。

 

『男しか・・?・・恋人じゃ、ない・・?』

 

彼女はさっきまで頑なに否定していたのに、驚いたように目を大きくしている。
そして追い打ちをかけるようにいち早く便乗したのは、意外と空気を呼んだこの男だった。

 「そっ、そう。先輩は真正のゲイなんですよっ、僕みたいな美男子が大好きなんですっ――。ぎゃっ」
「だれが美男子だっ。気色悪ぃこと言うな!」
「ちょっ、時任先輩も話し合わせてくださいよっ」

 時任が激しく小突くと藤原は涙目になっていたが、黙っていられるはずがない。
ホモだと嘘をつくのは百歩譲ってまぁいいとしても、久保田の趣味を疑われるのは許せないのだ。

 「ちょっと、あんたたちっ」

桂木が青くなって二人を止める。今はいつもの喧嘩をしている場合ではない。しかもなにやら幽霊の様子がおかしいのだ。

幽霊は俯いて震えていた。それから久保田からすっと離れたので、一同はほっと息を緩めるが、
彼女がふわりと宙に浮きうつむき加減で時任らを見据えると、現状は一変した。

 

『・・・・あなたたち・・』

 

「「「―――ひっ・・!」」」

女は突然、鬼のような形相で牙を剥いた。

 

『――――邪魔よ、出ていって!!!』

 

キンと頭に響くような叫び声を上げたと同時に、どこからともなく風が舞い上がる。

「きゃあ――!」
「うわっ!」

あまりの強風に外窓のガラスにヒビが入り、建物自体がガタガタと音を立てて軋む。
目を開けていられないほどの、まるで竜巻のような風が襲いかかり、瞬時に時任は体勢を低くした。

「みんな何かに掴まれ!」
「ひ、ぎゃああっ」

 突っ立っていた藤原は風に耐えきれず背後に吹き飛んだ。出口近くにいた室田がそれを受け止めゴロゴロと転がっていく。入り口に座り込んでいた桂木を相浦と松原が庇うようにして伏せた。
尋常ではない風は、さらに破壊されていた扉をふわりと持ち上げ立ち上げる。あんなものをぶつけられたらひとたまりもないが、それが目的ではないようで、そのまま叩き割るような派手な音が響いたかと思えば、扉は再び出入り口を塞ぐようにして嵌っていた。

 

ゴ―ゴ―と渦巻く風の唸りはそれから間もなく静まった。
時任が次に目を開けると、部屋は密室になっていた。さきほど壊したはずの扉の鍵はしっかりと締まり、ドアの向こうで桂木達の慌てたような声が聞こえる。
その場に取り残されたのは女と久保田、そして時任だけだった。

 「久保ちゃんっ、大丈夫か?」

 無傷だった時任は跳ね起きて、久保田に駆けよる。
久保田には風の被害はないが、さっきからずっと不自然に座り込んだままであることに気付く。

「どっか怪我でもしてるのか!?」
「ううん、それは大丈夫だけど、さっきから足が全く動かなくてね・・。それ以外は平気」
「動かないって・・」
「なんか足に重りでもついてるよーな感じ?」

幽霊の力によるものか、久保田は立ち上がることができずにいるのだという。
心配した時任が引き起こそうとするよりも先に、女の霊が音もなく久保田に近寄っていく。

 
『・・まこと、さっきのは本当なの?あなた、私のことを騙していたの?私を愛していないの?』


「騙すも何も、ねぇ?愛してるなんて言ったことないし」

 正直に久保田は答えているのだが、幽霊は悲しげに両手で顔を覆った。

 
『・・騙したのね。ひどいわ・・』


「そう言われても・・。う―ん、どうしたらいいのかな」

ぼろぼろと涙をこぼす女に、久保田は困ったなと首をひねった。
女性というのは生きていても死んでいても面倒なものだなと罰当たりなことを考えながら。

 
『・・一緒にきて。私とずっと一緒にいてくれたら許すわ』


「――久保ちゃん!」

 ゆらりと久保田に詰め寄る女に、時任は眼差しを強くして口を挟んだ。
可哀想な幽霊だと聞いてはいたが、久保田を連れていかせるわけにはいかない。

 「おいっ、離れろよ!久保ちゃんはお前の探してる奴じゃねぇって言ってるだろ!
久保ちゃんは久保ちゃんでっ・・、俺の相方でっ・・、――悪いけどお前にはやれねぇんだよっ!」

 幽霊だろうが可哀想な女だろうが、困るものは困るのだ。
そう叫ぶと彼女は再び時任の方へ向いた。

今度は怒りの矛先がこちらに向かうのだろうと覚悟したのだが、意外にも女の表情は穏やかなものだった。

 

『・・・・そう、あなたなの・・』

 

そこに怒りは見えない。女はただ何かを理解したように告げた。

 「へ・・・?な、なにが?」

 
『あなたが、マコトが本当に愛する人なのでしょう?』

 
「――――はぁ!?」

その瞬間時任は耳まで真っ赤になった。暗がりの青白い光の中にいるというのに一目で分かるほど真っ赤だ。

 「な、な、な、なに言ってっ、」

 時任は言葉にならない様子でブンブンと首を振るが、その顔ではとても否定しているとは思えない。
幽霊から見てもそうだったに違いない。

 

『それならちょうどいいわね・・』

 

ふっと女が笑って時任を見やる。
時任は何がなんだか分からずに、赤い顔のまま声を荒げた。

 「なにがいいんだよっ?」


『ふふ、まことを連れていくために、愛してもらいたいもの』


「はあ?」

 だから何を言ってるんだと時任が口を開こうとすると、女の声がはっきりと頭に響いた。

 

 

 

『だから、あなたを借りることにするわ』

 

 

 



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