[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
事実はホラーよりも奇なり?【3】
携帯の明かりを頼りに周囲に目を凝らす。するとすぐ近くに古い扉があることに気づいた。
「何かしら・・?窓もないし中が見えないわね、資料室か何かかも・・」
引き戸であったが、扉が固いというよりも鍵がかかっているかのようだった。
この扉の向こうに久保田がいる、と。
そう思うと居ても立っても居られなかった。時任は開かない扉を力任せに叩いた。
すると扉の向こうから「・・アイタタ・・」と、のんびりした久保田の声が確かに聞こえた。
「久保ちゃん!」
「・・んー?あれ、時任・・?」
「よかった、久保ちゃん!今開けるからっ!」
時任はほっとして頬を緩める。やはりここにいたのだ。だいたいそんなに突然人が消えてしまうはずがない。
しかしそれにしても、一体どういうことなのだろう。
どうやら久保田は誰かに押されて、この部屋に入り込んでしまったようだった。しかし真後ろにいたのは時任であるし、ぶつかった覚えはない。
それに一体誰が扉を閉め鍵をかけたというのだろうか・・?
灯りが消えた現象といい、それらが単なる偶発的なものとは考えられない。
「無理だわ時任、鍵がかかってる。警備員に言って・・」
「そんなの待ってられるかっ」
一刻も早く久保田の無事を確認したい。このまま一人にしてしまったら、久保田は本当に消えてしまうかもしれない。そんな不安に駆られて、時任は数歩扉から距離を取る。
こうなったら実力行使だ。
老朽した古い引き戸だった為か扉は簡単に吹っ飛び、時任は軽い衝撃をやりすごしながら部屋に転がり入った。
「・・・時任」
真っ暗なはずの室内は、なぜかぼんやりと明るかった。
桂木が灯す携帯の光りとは違い、淡く青白い明かりが部屋の中心でほのめいている。
そしてその久保田を押し倒しているのは、この世のものとは思えない美しい女性。
――いや、この世の者ではない、女性だ。
「お、落ち着いてる場合じゃないわよっ、ちょっとは驚きなさいっ!」
「結構これでも驚いてるんだけどなぁ・・」
真っ青な顔で叫ぶ桂木と、相変わらずのほほんとした久保田。その一方で、時任は絶句して目を見開いていた。
華奢な女性の姿は、誰が見ても美しい女性だった。
しかし、白いワンピ―スからのぞく脚はじんわりと向こう側が透けて見える。
両足はあるものの、若干床から浮いてるようにも見えて、間違いなく生きている人間ではないと分かった。
美しい幽霊は時任の存在にも構わず、久保田の首に抱きつきうっとりと微笑んでいた。
『まこと・・』
幽霊の囁きが鈴のように軽やかに脳に響く。美しい声だった。そしてその呼び方から、さきほど久保田を呼んだのはこの声だったのだと時任は思った。
その声が次に告げた。
『まこと、抱いて。もう一度、あなたに抱かれたいの・・』
青くなって震えていた桂木の息を飲む気配がする。時任も驚きにあんぐりと口を開き、呆然と二人を見つめた。
人外なるものを目の前にしてこの落ち着きようは凄いが、時任はそれよりも幽霊の言葉の方が百倍気になった。
この親しげな呼び方といい、親密そうな様子といい。久保田が女性にモテることは周知の事実だが、
まさか本当にこの世のものではないものにも手を出していたのだろうか。
そんな、と本気で愕然とする時任の背後から「そんなわけあるかっ」と桂木が声にならない叫び声をあげていたが、時任には聞こえていない。
ぐぐっと時任の眉根が寄る。
基本的に誰が自分に好意を寄せていようと気にしていないのだろうが、そういうあやふやな態度はどうかと時任は思う。
べったりとくっつく女性は確かに透けているというのに、時任には幽霊というよりも、ただ”久保田に好意を寄せる女”に見えてきた。
「―――べっ、べ、別に!俺は聞きたいってわけじゃ、」
「知りたいんでしょ?俺の女性関係」
「・・・そ、それは」
異様な状況の中唐突に漂いだしたピンク色のオ―ラに、青くなっていた桂木もつっこまずに入られない。
だってよくある心霊現象でいえば。
桂木のカツに、時任はようやくハッと気を取り直した。
「分からないわよっ。――あっ、そうだわ!お札っ」
この際神頼みだと桂木は札を時任に渡した。
とにかく二人を引き離したかった時任は勢いよくビシィと札を突きつけた。
しかし、いくら札を突きつけてみても幽霊に向けて投げつけてみても、実態のないモノにあたるわけもなく、幽霊にはなんの変化もなかった。
「そんなこと言っても知るかよっ、つーかっ、早く離れろって言ってんだろ!」
そのとき、ようやく騒ぎに気付いたのか、久保田にばかり向けられていた女の瞳が、ちらりと時任へと移る。
長い睫から流れるような眼差しに、桂木がひっと息をのんだ。
『貴方は誰?まことは、私の恋人よ。ようやく逢えたのに、どうして離そうとするの・・?』
「え―、覚えないんだってば」
「ええ。多分、この人の恋人の名前が久保田君と同じなんじゃないかしら」
久保田に接点はないはずである。
『勘違いじゃないわ、この人は私のまことよ。だって、私に応えてくれたわ』
桂木の言葉に彼女は顔を悲しげに歪める。
『ええ』
「―――それよっ!」
偶然同じ名前で、外見も恋人に似ているのだろうか。彼女は愛しげな顔で久保田を見つめていた。
「―――くぅぼたせんぱぁぁいっっ、どっこですかぁ?」
騒ぎを聞きつけたのか、バタバタと駆けてきたのは室田たちだった。
入り口の柱に縋りついていた桂木が、待ちに待った援軍に喜びの声をあげる。
「桂木、何があった?―――久保田!?」
「久保田先輩っ!ぎゃっ、なんなんですか、この女ぁ!ゆ、幽霊っ!?」
「oh!本当にビュ―ティフルな幽霊ですね!」
「うわ、マジかよっ」
「先輩から離れてくださいよ!悪霊~っ!」
しかし女は再び何も見えなかったかのように久保田に視線を戻して、うっとりと微笑んでいた。
『まこと・・、貴方は私のまことだわ・・』
そうして愛の言葉を囁き艶やかに笑うと、ゆっくりと唇を寄せていった。
「ぎゃ―――っ!」
逃げられないのか動けないのか、それとも動きたくないのか。後者はないと信じたいところだが、女との距離はみるみる縮んでいく。
女の唇が久保田のそれにあと数センチで触れるというとき
「――待って!」
咄嗟に叫んだのは桂木だった。
「そこにいるマコトは貴方の恋人じゃないわ!だって、
―――だってその久保田君はホモなのよ!」
一斉にして時が止まった。
まるで一時停止画面のように、室田も松原も、幽霊すら目を見開いて静止している。
さすがに土壇場に強い紅一点である。先ほどまでの怯えもどこへやらだ。
そしてその渾身の一喝は、本当に幽霊の耳にも届いているようだった。
『男しか・・?・・恋人じゃ、ない・・?』
彼女はさっきまで頑なに否定していたのに、驚いたように目を大きくしている。
そして追い打ちをかけるようにいち早く便乗したのは、意外と空気を呼んだこの男だった。
「だれが美男子だっ。気色悪ぃこと言うな!」
「ちょっ、時任先輩も話し合わせてくださいよっ」
ホモだと嘘をつくのは百歩譲ってまぁいいとしても、久保田の趣味を疑われるのは許せないのだ。
幽霊は俯いて震えていた。それから久保田からすっと離れたので、一同はほっと息を緩めるが、
彼女がふわりと宙に浮きうつむき加減で時任らを見据えると、現状は一変した。
『・・・・あなたたち・・』
「「「―――ひっ・・!」」」
女は突然、鬼のような形相で牙を剥いた。
『――――邪魔よ、出ていって!!!』
キンと頭に響くような叫び声を上げたと同時に、どこからともなく風が舞い上がる。
「うわっ!」
目を開けていられないほどの、まるで竜巻のような風が襲いかかり、瞬時に時任は体勢を低くした。
「ひ、ぎゃああっ」
尋常ではない風は、さらに破壊されていた扉をふわりと持ち上げ立ち上げる。あんなものをぶつけられたらひとたまりもないが、それが目的ではないようで、そのまま叩き割るような派手な音が響いたかと思えば、扉は再び出入り口を塞ぐようにして嵌っていた。
ゴ―ゴ―と渦巻く風の唸りはそれから間もなく静まった。
時任が次に目を開けると、部屋は密室になっていた。さきほど壊したはずの扉の鍵はしっかりと締まり、ドアの向こうで桂木達の慌てたような声が聞こえる。
その場に取り残されたのは女と久保田、そして時任だけだった。
久保田には風の被害はないが、さっきからずっと不自然に座り込んだままであることに気付く。
幽霊の力によるものか、久保田は立ち上がることができずにいるのだという。
心配した時任が引き起こそうとするよりも先に、女の霊が音もなく久保田に近寄っていく。
『・・まこと、さっきのは本当なの?あなた、私のことを騙していたの?私を愛していないの?』
「騙すも何も、ねぇ?愛してるなんて言ったことないし」
『・・騙したのね。ひどいわ・・』
「そう言われても・・。う―ん、どうしたらいいのかな」
女性というのは生きていても死んでいても面倒なものだなと罰当たりなことを考えながら。
『・・一緒にきて。私とずっと一緒にいてくれたら許すわ』
「――久保ちゃん!」
可哀想な幽霊だと聞いてはいたが、久保田を連れていかせるわけにはいかない。
久保ちゃんは久保ちゃんでっ・・、俺の相方でっ・・、――悪いけどお前にはやれねぇんだよっ!」
そう叫ぶと彼女は再び時任の方へ向いた。
今度は怒りの矛先がこちらに向かうのだろうと覚悟したのだが、意外にも女の表情は穏やかなものだった。
『・・・・そう、あなたなの・・』
そこに怒りは見えない。女はただ何かを理解したように告げた。
『あなたが、マコトが本当に愛する人なのでしょう?』
「――――はぁ!?」
幽霊から見てもそうだったに違いない。
『それならちょうどいいわね・・』
ふっと女が笑って時任を見やる。
時任は何がなんだか分からずに、赤い顔のまま声を荒げた。
『ふふ、まことを連れていくために、愛してもらいたいもの』
「はあ?」
『だから、あなたを借りることにするわ』