事実はホラーよりも奇なり?【5】






『――――な、なに・・っ?』

 

 

びりびりと空気が振動に震える。男の唸るような地に響くような声は、女も、黒い闇すら怯むほどの威力があった。

 

「・・な、なんだこの声?」
「声っていうか・・地鳴り、みたいだね」

 

それが女の意図したものではないことは明らかだった。狼狽えた様子の女は、先ほどとは一変して不安げな顔で立ち尽くしている。

久保田と時任は寸前まで迫っていた闇が離れていくのを警戒しながら体を起こした。

「久保ちゃん、何がどうなってんだ?」
「さあ・・、俺にもさっぱり」

どこからともなく、この世のものではない、今日一日ですっかり慣れてしまった人外なるものの空気を感じる。
そんな得体の知れない気配を感じて久保田らが振り向くのと、扉が四方に飛び散り開かれるのは同時だった。

 

暗闇に浮かんだ青白い光。
まばゆい光の中心には、背の高い男の姿があった。

 

 

『―――――百合江』

 

 

そう呼んだのは、低い呻き声ではなく、耳障りのよいテノ―ルの声だった。

その男を見たとたん、女は驚いたように目を見開いている。
”百合江”とは久保田が決して呼ばなかった、彼女の名前。
名を呼ばれた女は、驚愕に瞳を見開いたまま、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 

 

『・・・まこと・・、・・貴方なの・・?』

『ああ、そうだよ。百合江、―--やっと逢えた・・』

 

「―――え?なんだ、どういうことだ?」

ゆっくりと足音もなく距離を狭めていく男女は間違いなく霊というもので、時任にはそれが理解できても何がどうなっているのか全く状況が掴めない。
その隣で「そういうことね」と久保田は何やら納得顔で頷いている。時任は思わず詰め寄った。

「なんだよ久保ちゃん、そういうことってどういうことだよっ」
「だから、彼が本物の”まこと”ってことじゃない?」
「はあ?」

男は、目を丸くする時任と久保田の横をすり抜け彼女の元へと向かうと、白い手にそっと自分の手を重ねた。

 

『長く待たせてすまなかった。ずっと君を捜していたよ』

『誠・・・』

『百合江、逢いたかった。ずっとこの日を待っていたよ』

『誠、誠っ・・!――私も、ずっと逢いたかった・・っ』

 

二人はひしっと強く抱き合うと、涙を流して愛の言葉を告げあった。幽霊であるという事実を忘れれば、まるでドラマでも見ているような光景だ。
突然起こった感動の場面らしき状況に時任は唖然とする。

「・・だ、だから一体なんなんだ・・?」
「迷子のお嬢さんがようやく探し人と会えたってことでしょ」

久保田がため息混じりに言い、時任は目を瞬かせる。
本当に何がどうなってるのか、さっぱりだった。さっきまでの決死な状況から抜け出せたというのは理解できたが、色んなことが起こりすぎてついていけない。

 

「時任!久保田君っ」

すっかり姿形もなく破壊された扉の向こうから、桂木が安堵の表情で手を振っていた。室田や松原の姿もあり、ようやく時任も気を抜いて立ち上がった。

 「久保ちゃん、立てるか?」
「あーうん、どうやら動けるみたいね」

先 ほど久保田が動けたのは火事場のバカ力というやつだったのか、咄嗟のことで久保田自身にも分からなかったが、今では女の力は完全に解かれているようだっ た。それもそのはず、幽霊カップルはまだ自分達の世界でラブシ―ンを繰り広げている。こちらのことなどもう目に入っていないようだ。

「二人とも怪我はない?」
「ああ、なんとか」
「あぁ、本当間に合ってよかったわ・・っ」

 桂木は時任らが無事な様子に心底安堵した様子で座り込んでしまう。

「なあ、それより何がどうなってんだよ?」

時任が尋ねると、「どうもこーもないわよ」と脱力する桂木を見兼ねてか、代わりに室田らが説明をしてくれた。

「彼女が捜していたのはあの男なんだ。そしてあの男も彼女を捜していた」
「まさに奇跡ってやつだよな」
「恋人同士の感動の再会というわけデスね」
「・・・はあ?」

 
話は数十分前に遡る。
室田達は時任チ―ムと別れて東側へ向かった後、目撃情報のある一室で、あるものを発見していた。

その部屋は図書室として使われていたもので、奥には”開かずの扉”とも噂される部屋があった。情報によればたびたびその部屋から、男の唸り声が聞こえてくるのだという。
そこで室田達はその扉をこじ開け、中に入ることにした。

そこは古い書物の安置場となっており、ひんやりとした冷たい空気が流れる異質な空間だった。いかにも非科学的な何かしらが出てきそうな雰囲気だけあって、その部屋の一方の壁に古いお札が張り付けてあることに気付く。
見 るからにいわくつきそうな代物であるのに、執行部の補欠――藤原という男は考えなしである。久保田と離されヤサグレてでもいたのか、「なんですかね、これ ―」と安易に札を外してしまったのだ。当然室田達は酷く慌てたのだが、意外なことにそれが良い結果を生み出すことになる。

札がはずれると同時にあたりに地鳴りのような呻き声が轟き、そこに男の霊が現れた。面々はこれこそが悪霊だと桂木にもらった札を手にしたのだが、男の霊は害をなすどころか、穏やかな面もちで『札を外してくれてありがとう』と室田達に頭を下げてきた。
そして彼は驚く面々に『どうか聞いてほしい』と、遠い昔の過去を話し始めたのだった。

 

彼 が生きていたのは日本がまだ戦時中の頃。彼は故郷に病弱な恋人を残したまま、戦争へ出向してしまったのだという。その後決死の思いで戦争から戻ってこられ たはいいが、彼女がいるはずの病院はすでに焼け落ち、彼は彼女の安否すら分からなくなってしまった。それから数年、彼は諦めずに彼女を探し続けたのだが、 見つけることもできないまま感染病にかかり亡くなってしまったのだという。
彼が亡くなった病院は、偶然にも建て直しされたあの焼け落ちた病院だった。

 彼女を捜したい。そう思い続けていた彼は成仏できず、霊となってしまう。そしていつまでも見つからない彼女を思うあまり、いつしかこの場に彷徨う呪縛霊となって人々に恐れられるようになってしまった。
そんな中、その病院が今度は学校へと建て直しされることになった。霊の存在を恐れた者により、男は強い霊媒師の力で悪霊として封印されてしまうことになる。
そうして長い間、彼は成仏することも動くことすらできず、ずっとこの場に閉じこめられていたのだった。

 今からでも彼女を捜したいと涙する男に、室田は恋人を捜して彷徨っているという女の霊の話を思い出した。もしかするとこの捜し人は案外近くにいるのではないかと。
その話をすると彼は顔を輝かせたが、自分はまだこの部屋から出られないと首を振った。

 『私はまだ封印の効力で動けません。あるいは札を燃やしでもすればここから出られるかもしれない。―――ひと目でいいんです。彼女に逢いたい』
「――分かった、力になろう」

 
室田達は札を燃やす前に、女の霊のことを自分達が調べると約束した。そのためとりあえず久保田チ―ムと合流しようと西側に駆けつけたというわけなのだが、その頃久保田達も窮地に立たされており、室田らは状況を説明する間もなく、女の力で弾き出されてしまった。
彼女が探し人であると確信は持てなかったが、久保田と時任の身が危険かもしれないとなれば躊躇している暇はない。人違いであるとしても、なんとか彼女を止めて欲しいとその男のもとへ頼みに走ったのだった。

 「結局、彼女が”まこと”と呼んでいたから、彼に名前を確認したというわけなんだがな」

 室田から一部始終を聞かされて、久保田は「なるほどねぇ」と寄り添う二人の霊を見やった。つられて目をやった時任だが、濃厚に口づける二人から慌てて目を逸らしている。耳たぶまで赤くなったその横顔に久保田は頬を緩めた。

「お互い捜して見つからなかったのに、まさかこんなに近くにいるとは思わなかっただろうねぇ」
「ああ、封印とやらが強かったせいらしいな。頼みに走った時も札を燃やしている暇もなくてな、彼をあの部屋から出すのは大変だった」
「どうやったの?――あれ?そういえば藤原の姿がないわね」
「ああ、うん、まぁあいつなら大丈夫だろう」

札の力は破いても強く、”封印される身代わり”とやらが必要だったらしい。札を一番先に触れた藤原が適任だと男が言うので、藤原に札を握らせたまま開かずの間に残してきたのだ。

「じゃあアイツ、一人で閉じ込められてんのか?」
「まぁ、あれ以上の適任はいないだろうからな」
「生きてる人には対して害はないみたいデスしね」
「へぇ、なかなか役に立つじゃないあいつ」

泣きながら久保田の名前を呼んでいるだろう藤原を思い浮かながら、桂木は無情に笑った。
やはり藤原の扱いはいつでもどこでもこんな感じである。

 

『あの・・、みなさん』

 
軽やかな女性の声に面々が振り向くと、そこには寄り添う幽霊カップルがいた。

 
『ごめんなさい・・、私ひどいことを・・』

 
彼女は眉をハの字にして深く頭を下げてくる。ぼんやりと青白い光がなければ、まったく普通の女性に見えた。
先ほどまでの怒り狂った形相は微塵も見受けられない。気の遠くなるような長い間捜し続けていた人と会えたためか、とても穏やかな眼差しだった。
そんな純愛で結ばれた二人を誰が責めることができるのだろう。

 「別に、もういーよ、俺ら無事だったし。なぁ、久保ちゃん」

 時任がそっけなく言って笑うと、久保田も悪いことばかりじゃなかったし、と意味深に笑う。

 「ま、会えて良かったね?」

ほかのメンバーも笑顔で二人を見守っていた。

彼女は綺麗な笑みを浮かべて男と視線を交わすと、二人の幽霊は多くを語らず真っ白い光に包まれた。
互いに死んでもなお求め続けた想いが報われ、この世に未練などないのだろう。

 

 

『ありがとう』

 

 

最後に礼を言う、二人の安らかな笑顔がそれを物語っていた。

 

 

 



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